・「幽界森娘異聞」笙野頼子/講談社文庫
森茉莉考察と括るに括れない。余りにも著者の文学的慎重さと大胆さ、一見平易な文に見えるが実際には熟慮の上の文章の広がり……と、分かったようなことを書きつつ実際にこの深さを理解出来ているとは思い難いです。ええと、佐藤亜紀さんの解説が分かりやすかったのでその考え方に寄ってこの読書感想文も書こうと思います。すみません、読解力なくて。
明治の文豪、森鴎外の娘である森茉莉。名前は知っていてもその作品を読んだことのある人は意外に少ないのではないでしょうか。かく言うわたしも未読です。「贅沢貧乏」の書名くらいは知っていても、また耽美の祖などと言われていることを聞いたことがあっても、それで森茉莉を知っているとは言えないのです、その小説を読まない限りは。いや、読んでも理解出来るとは限らないか。そんな著名だが知られていない森茉莉の小説を引用しながら展開する、笙野節効いた小説論? 小説? です。
読書前のわたしの森茉莉知識。なんか耽美な小説の元祖って事は、きらきらしい修辞の多い文章で美少年同士の恋愛を小説にしているのだろう、そして貧乏でありつつも気持ちはお嬢様だったのだろう、と、この程度。その森茉莉、文中では実際の人物と違うと云うことで「森娘」と云う表記になっていますが、彼女を小説中に取り込む笙野氏は、初期よりジェンダーを巧みに織り込んだ小説をモノしているので、一点「性」と云うことで森娘と共通点があるように勝手に思っていました(佐藤氏の解説で気付きましたが、確かに二人の作家の文体は全く異なっています)。
そして、ええそして森娘論は笙野氏の猫騒動と同時に進むのです。これは「S倉迷妄通信」(未読)と「愛別外猫雑記」(既読)に詳しいのですが、「幽界〜」を群像に連載中より笙野氏は、猫が元となる騒動に巻き込まれ東京から引っ越しせざるを得なくなったのです。この顛末が文中に織り込まれ、それがまた森娘の猫スタンスと絡んできたり、登場人物の名前を冠された笙野氏の飼い猫の話と行ったり来たりします。この辺りも読みつけない人にはだらだら書きに見えそうですが、読者がそれぞれの「森娘」像を持つと云う意味に於いて、笙野氏が自分の体験を絡めて論を進めることは納得がいきます個人的に。
うーん、上記文章読んでもこの小説の魅力やスリリングさを伝えられているとは思えないし、自分(笙野氏ではなく、わたし)語りにしかなっていませんね。しかし、面白かったのですよ読んでいて。こう云う小説論もありか、いや、小説論ではなくて、小説、なのでしょうか、難しいところですが、文学についてこう云うアプローチもあるのだなあと感心しましたので。














