書評・三八堂

のんびり不定期に読んだ本の感想を書いていきます

  • 「風が強く吹いている」三浦しをん
    summer (07/25)
  • 「風が強く吹いている」三浦しをん
    はるひなた (07/25)
  • 「雑学のすすめ」清水義範
    summer (09/29)
  • 「雑学のすすめ」清水義範
    もっち (09/19)
  • 「謹訳 源氏物語1」林望
    summer (08/27)
  • 「謹訳 源氏物語1」林望
    雪 (08/27)
  • 「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」岩崎夏海
    summer (08/04)
  • 「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」岩崎夏海
    チャック (08/03)
  • 「井沢式「日本史入門」講座2」井沢元彦
    summer (07/14)
  • 「井沢式「日本史入門」講座2」井沢元彦
    もっち (07/02)
「幽界森娘異聞」笙野頼子
●本日の読書
・「幽界森娘異聞」笙野頼子/講談社文庫


 森茉莉考察と括るに括れない。余りにも著者の文学的慎重さと大胆さ、一見平易な文に見えるが実際には熟慮の上の文章の広がり……と、分かったようなことを書きつつ実際にこの深さを理解出来ているとは思い難いです。ええと、佐藤亜紀さんの解説が分かりやすかったのでその考え方に寄ってこの読書感想文も書こうと思います。すみません、読解力なくて。

 明治の文豪、森鴎外の娘である森茉莉。名前は知っていてもその作品を読んだことのある人は意外に少ないのではないでしょうか。かく言うわたしも未読です。「贅沢貧乏」の書名くらいは知っていても、また耽美の祖などと言われていることを聞いたことがあっても、それで森茉莉を知っているとは言えないのです、その小説を読まない限りは。いや、読んでも理解出来るとは限らないか。そんな著名だが知られていない森茉莉の小説を引用しながら展開する、笙野節効いた小説論? 小説? です。

 読書前のわたしの森茉莉知識。なんか耽美な小説の元祖って事は、きらきらしい修辞の多い文章で美少年同士の恋愛を小説にしているのだろう、そして貧乏でありつつも気持ちはお嬢様だったのだろう、と、この程度。その森茉莉、文中では実際の人物と違うと云うことで「森娘」と云う表記になっていますが、彼女を小説中に取り込む笙野氏は、初期よりジェンダーを巧みに織り込んだ小説をモノしているので、一点「性」と云うことで森娘と共通点があるように勝手に思っていました(佐藤氏の解説で気付きましたが、確かに二人の作家の文体は全く異なっています)。

 そして、ええそして森娘論は笙野氏の猫騒動と同時に進むのです。これは「S倉迷妄通信」(未読)と「愛別外猫雑記」(既読)に詳しいのですが、「幽界〜」を群像に連載中より笙野氏は、猫が元となる騒動に巻き込まれ東京から引っ越しせざるを得なくなったのです。この顛末が文中に織り込まれ、それがまた森娘の猫スタンスと絡んできたり、登場人物の名前を冠された笙野氏の飼い猫の話と行ったり来たりします。この辺りも読みつけない人にはだらだら書きに見えそうですが、読者がそれぞれの「森娘」像を持つと云う意味に於いて、笙野氏が自分の体験を絡めて論を進めることは納得がいきます個人的に。

 うーん、上記文章読んでもこの小説の魅力やスリリングさを伝えられているとは思えないし、自分(笙野氏ではなく、わたし)語りにしかなっていませんね。しかし、面白かったのですよ読んでいて。こう云う小説論もありか、いや、小説論ではなくて、小説、なのでしょうか、難しいところですが、文学についてこう云うアプローチもあるのだなあと感心しましたので。
| 国内さ行(笙野 頼子) | 00:21 | comments(0) | trackbacks(0) |
「文字移植」多和田葉子
●本日の読書
・「文字移植」多和田葉子/河出文庫


 わかんない、わかんないけどとても惹かれて先が気になる小説でした。「海に落とした名前」よりも好きです。

「現代版聖ゲオルク伝説を翻訳するために火山島を訪れた<わたし>」が散らばる言葉と進まない翻訳、想像の世界で<作者>とコミュニケーションを取り、次第に自分が変身してゆくイメージに囚われてダメージを受ける。果たして翻訳は完了するのか、物語世界に飲み込まれるのか……と書くと良くある類の「翻訳している内に物語世界に取り込まれて、物語世界を生きるようになる話」と思われそうですが全くそうではなく、もっと更に分からない話です。翻訳から食らう肉体的ダメージも靴に小石が入っているとか肌がかぶれるとか、痛いけれど重くないそんな症状で、なるべく早くに翻訳を終えて島から原稿を放して仕舞わねばならないと強迫観念に駆られる日々。

<作者>と共に噴火口の縁を歩いているイメージが、翻訳という作業を通して母語と翻訳語の間で揺れる<わたし>のメタファーであるという解説を読むと「ああ、そうかー」と思うのだけれど、読んでいるときはそれに全く気付かないくらいのわたしの読解力。そんなわたしがこの小説の何に惹かれているのかと云うと、舞台となる火山島に暮らすどことなく無機質な人々と、進まない翻訳の行方です。時折挟まれる言葉の断片は単語の羅列だったのでそれがまさか翻訳文だと思いませんでしたが、どうやらこれが彼女の翻訳らしいです。そしてその物語も佳境に入っているのですが単語の羅列であるが故に盛り上がりに欠け、しかし確実に物語も翻訳も終わりに向かっていることが分かるのです。

<わたし>が来訪を恐れているゲオルグの存在も謎です。実在の人物なのか、物語の中の聖ゲオルグなのかも明らかにされていませんが、彼が登場しないままで<わたし>を動かしている「不在の中心」です。後半、物語がまるで自力でどうにもならない夢の中の様相を呈してきますが、不思議に惹かれる物語でした。多和田葉子作品、もっと読んでみたいです。
| 国内た行(その他) | 01:04 | comments(0) | trackbacks(0) |
「ラジ&ピース」絲山秋子

●本日の読書
・「ラジ&ピース」絲山秋子/講談社文庫


 地方生活での人との触れ合いで、頑なな女性の心がほぐれていく物語。

 と書くと単純なありがちな話に読めますが、物語をふと通り過ぎる人も単なる脇役でなく、この人なりの物語があると読ませるいつもの手腕は見事。主人公の野枝は自らがブサイクであると云うコンプレックスを持つ三十代独身女性で、顔の見えないラジオのパーソナリティーを務めています。群馬のローカル FM 局で番組を持ち、それは固定リスナーも付く人気番組になって行きます。頑なだった野枝に、飲み屋で屈託なく声を掛けてきた女医・沢音の存在が、彼女の心を見えるか見えないかの速度で解きほぐしていきます。

 人は環境によってほぐされていくのだろうなあ、と思います。これでもし野枝が群馬でなく、大阪のラジオ局でパーソナリティーをやっていたら、こういう話にはならない。こじんまりとした地域で、その気になれば直接リスナーと会うことも出来る距離感だからこそ成立するお話です。

 個人的に気になるのは、過去の恋人「美丈夫」の存在。野枝は彼をどんなにか愛していたのに、付き合っている間は「絶対に自分にこんな幸福が訪れる筈はない」とネガティブに考えて、好き過ぎるのに嫌われようと必死になっていました。そのくせ、群馬で暮らしている自分のところをたずねて来る彼を夢想しており、この相反する行動が上手く説明出来ないのだけれど感情としては良く分かります。こういうところも上手だなーと思います。

 併録の「うつくすま ふぐすま」も気持ちのいい話です。回文の名前を持つ女性が、完全に同姓同名の女性と仲良くなり、運命が呼び合ったように意気投合していく途中を描いた物語です。そう、「途中」。彼女らには今後も色々な触れ合いがあり、楽しく付き合っていくのだろう事を想像させて終わる、気持ちのいい掌編です。

| 国内あ行(絲山 秋子) | 04:41 | comments(0) | trackbacks(0) |
「わたしを離さないで」カズオ・イシグロ
●本日の読書
・「わたしを離さないで」カズオ・イシグロ/早川 epi 文庫

 あー、ひどい話だ。ひどいひどい。

 どこらじゅうの書評で書かれているでしょうが、内容に触れず書評を書くことが非常に難しい物語です。ある特殊な施設・ヘールシャムで子供時代を過ごした三人の男女を中心とした物語で、その施設の目的が物語の本筋に大きく影響を与えています。そのほの暗い秘密がちらちらと見え隠れしながら否応無く物語は進み、彼らは成長していきます。とは云え、施設の目的は、卒業者が就く職業の「介護者」「提供者」から、序盤で何となく推測が付きますがね。

 この物語で特筆すべきはその施設が設立されたおぞましい目的や発想ではなく、あくまで淡々と見せつつもねちねちと展開する狭いコミュニティ内の人間関係の描写です。主人公のキャシー、その友人で女子のリーダー的存在ルース、生涯を掛けて深い繋がりを持つことになる男性トミーとの、近付いたり距離を置いたりするその些細なきっかけ。小学生から中学生の時期における、どうってことない出来事が人生の一大事のように思って仕舞うあの独特の環境と感情。それが微に入り細に入り描かれている、その美しさ。

 ヘールシャムでの思い出が、卒業後にもカットバックで挿入され、それぞれの人物に影響を与える緻密な展開も見事。いわゆるエンターテイメント小説とは違って、ダイナミックな盛り上がりはありませんが、こう、しみじみとひどい話です。しかし、心を動かされます。

| 海外(その他) | 12:50 | comments(0) | trackbacks(0) |
「ゲド戦記(1) 影との戦い」ル=グウィン

●本日の読書
・「ゲド戦記(1) 影との戦い」アーシュラ・K・ル=グウィン作 清水真砂子訳/岩波少年文庫


 会社の方にお借りして読んでいます第一巻。魔法が出てくるファンタジーは中学生の時に読んだ「ロードス島戦記」以来です、ってどんだけだ。ハリーポッター(未読)のような少年魔法使い成長譚かと思ったら、意外に暗くて地道な話で、いい方向に期待を裏切られました。

 主人公のゲドは天性の才能があり、ロークの学院で本格的に魔法を学び始めます。しかし驕った性格が災いして、禁断の魔法、使者を復活させる魔術を行ったが故に重傷を負い、得体の知れぬ恐ろしい「影」に追われることになります。生い立ちからこの影との戦いまでを描いたのが第一巻です。

 ファンタジーや魔法にはさほど興味がありませんが、この作品の中の、無から有は生み出せないと云う、漫画「鋼の錬金術師」で言うところの等価交換の概念は好きです。あと、師匠であるオジオン始め、経験を積んだ大魔法使いほど無闇に魔法を使わず謙虚に生きているところなんかも。人間、極めたら仙人みたいになる感じが物語の根底に流れていて良いです。

 あと個人的な不覚ポイント。訳者あとがきに三巻までの大まかなあらすじ(ネタばれ含む)が書かれておった。つい読んじゃった。

| 海外(その他) | 02:01 | comments(0) | trackbacks(0) |
「流跡」朝吹真理子
評価:
朝吹 真理子
新潮社
コメント:文字から始まる幻想譚に、流されゆく読者

●本日の読書
・「流跡」朝吹真理子/新潮社


「迷宮物語」と云う伝説的なアニメ映画があるのですが、それの「ラビリンス ラビリンス」と云う作品の雰囲気にとても近い。あと、多和田葉子の小説にも近い。読む人を選ぶ、大型新人のデビュー作です。

 小説を読んでいるのに内容が頭に入ってこず、文字がつるつると滑って行くように感じている人物の独白で物語が始まります。一行アキを通過すると場面はいきなり変わり、夜更に運航する船の船頭の話、聳え立つ煙突の幻覚を雨の日にのみ見る男の話、来ぬ舟を待ち異種と交わる女の話、と脈絡なく幻想譚が「流」れていき、掉尾、場面は再び文字と格闘する人物の独白へ戻ります。あまり本に馴染みなく、芥川賞の名前に釣られて読んだ人は「何これ、意味分かんない」で終わりそうな一作です。でも力がある。わたしはこの雰囲気、結構好きです。

 古風な言葉が散見され、文章の書き手に教養の高さが見られます。そして幻想世界の物語であるがゆえに妙な擬音が多いのですが、どうしてこの言葉を思いついたか、それが不思議としっくりくるのです。例としては、大量の鰻が地面に潜って行く音を「ヲボ、ォボォボォボ」とか、大金魚の囃し言葉が「はれ、ひやらひやら。」とか。何か心地いいんですよ、声に出して読むと。

 個人的には、敬愛する堀江敏幸氏が選考委員を務めた時のドゥ・マゴ文学賞受賞作であるというのがジェラシー。

| 国内あ行(その他) | 03:35 | comments(0) | trackbacks(0) |
「恋愛脳」黒川伊保子
評価:
黒川 伊保子
新潮社
コメント:友人から借りました(上手く断れませんでした)

●本日の読書
・「恋愛脳 〜男心と女心は、なぜこうもすれ違うのか〜」黒川伊保子/新潮文庫


 男性は三次元で物を捉える脳を持っているので、姿勢が良いと美人だと思ってくれる。以上、終了!
| 国内か行(その他) | 17:43 | comments(0) | trackbacks(0) |
「暗渠の宿」西村賢太
評価:
西村 賢太
新潮社
コメント:あああ腹が立つ

●本日の読書
・「暗渠の宿」西村賢太/新潮文庫

 誰かこいつに正義の鉄槌を!

 と呪って仕舞うくらいの勝手無謀ぶり。女の敵です。いつか手酷く懲らしめられればいいのにと念じて仕舞う賢太祭り第三弾読書記録。デビュー作にして野間文芸新人賞受賞作です。あああ、それにしたって腹が立つ。

 だって本当に酷いんですよこの人。同居相手を自分の支配下に置かなきゃ気が済まない癖に性格に問題があって仕事は長続きしないし、敬愛する藤沢清三の為には同居女性の両親から三百万円借りている癖に口先で返す返す言って多分返していないし、中卒と云うのを卑下しつつもそこを突かれると暴力で相手を退散させてやると思っているから退かないし、プライドだけ高くてもお金は手に入らんのですよと小一時間説教したい。暴力怖いからしないけど。

 一番たちが悪いのは、相手の女性を大切に思っているのに、ふとした表情(ガラスに映った見間違いかも知れない表情)が気になって自分の中で瞬間的に怒りを増大させて勝手に怒り出して因縁付けて暴力振るうところ。すんげえとばっちりですよ、どうして女性が出てかないんだか分からないです。こっぴどくとっちめられればいいのにこの男。

 と、作中の著者に怒りを爆発させていても仕様がないのですが、三作続けて西村賢太を読んで気がついたところ。読んでいてたまに「おや」と思うのが、その言葉の選び方。これだけやんちゃな人だから一人称は「俺」が相応しいのに、彼の一人称は「ぼく」。なんか上品に響きますよね。あと、それが立ち食いそばでもそばを描くときは「おそば」。そしてそれを浸しているのは「おつゆ」。おつゆまで残らず飲み干すんですね。それと、ご飯のおかずは「お菜(おさい)」。これだけ駄目人間を描いてまたそれを自覚する表現を盛り込んでいるのに、取り切れない表現の丁寧さがまた墜ち切らないで踏み止まっている最後の衿持を、自覚的でなく示しているようで、いい意味で引っかかりになっています。

 うーん、腹は立つけど不思議な作風だなあ。
| 国内な行(西村 賢太) | 17:47 | comments(0) | trackbacks(0) |
「デザインの骨格」山中俊治
評価:
山中俊治
日経BP社
コメント:考え抜かれた機能を備えた形状は美しい。

●本日の読書
・「デザインの骨格」山中俊治/日経 BP 社


 会社の方からお借りしました。寡聞にして著者を知らなかったのですが、デザイナーとして有名な方のブログ記事を抜粋してまとめたもので、著者のデザインした工業製品やロボットなどの美しい写真と共に、著者の考えるプロダクトデザインとは何かが端的な文章で語られています。そう、文章分かりやすいです。変に凝り固まった美学を振りかざしたりせず、平易ながら納得出来る解説でデザインが語られています。

 一番心に残ったのは義足をデザインすることについての記事。抜粋します。

 つまり、義足は本物そっくりがベストと思われているけど、本当にそれでいいのか、という疑問です。機械を使い、人工素材を使う以上、人の形に似せることと機能は原理的に相反します。本物に似せようとするほど、その違いがあらわになる。だからこそ、人の足を越えた美しい義足を目指すべきではないか。
(第八章 人体の秘密を探る「『かたちだけの愛』を義足デザイナーとして読んでみた」 P250)

 一商品開発者として、デザインについて考える機会になりました。「機能美」と云う言葉があり、単なる見た目を越えて、機能を盛り込んだが為にこの形状にせざるを得ず、それが美しさを感じさせるものであればそれが究極の「デザイン」であると思います。日々の仕事ではやっつけになる部分を、もっと突き詰めて考え抜かなくてはならないと、自戒しました。デザインのノウハウを知る本ではなく、デザインは何を目指すべきか、正に骨格を指し示す一冊でした。で

| 国内や行(その他) | 00:35 | comments(0) | trackbacks(0) |
「苦役列車」西村賢太
評価:
西村 賢太
新潮社
コメント:駄目人間のブルース

●本日の読書
・「苦役列車」西村賢太/新潮社


 賢太祭り第二弾。芥川賞受賞作です。おおお、巧くなってる、面白くなってる。いや、私小説に起承転結とか話の山場などを求めていいのかどうか分かりませんが、「二度はゆけぬ町の地図」より淡々と書いているのに先を急がせる話の魅力があります。

 時期は北町貫多・十九歳。彼の著作舞台ではお馴染みの日雇い人足に出掛ける日々が描かれているのですが、ここで彼は初めてと言っていい友人らしき関係を築く相手、日下部に出会います。専門学校生で、夏休みの間の日銭稼ぎに来ているという同い年のさわやかな好青年に対し、貫多は「いい奴だな」と憧憬を覚え、徐々に親しくなっていきます。しかし日下部のちょっとした所作、態度から自分との生活水準の差や育ってきた環境の差があることがぼちぼち目についてくるに連れて、彼を憎らしく思い違う世界の住人であることを認めるのに腹立ちを覚えるようになっていきます。でもなんだかんだで先輩面してあれこれ干渉はしたく、でも向こうに見下されるような態度を取られるとまた心中で罵声を浴びせるといった、相変わらずの感情振れ幅です。先輩面と言っても日雇い仕事と性風俗のみについて指導しても誇れないと思いますけどね。

 陽性の日下部の性格は、いずれ来る筈の二人の友情の破綻を最初っからほのめかしています。今までの作品はひたすら駄目な生活の駄目っぷりを綴り続けていたのが、今作は起承転結があって面白いです。

 同時収録の「落ちぶれて袖に涙のふりかかる」はその二十年後、作家として駆け出し始めた頃の貫多四十歳時代です。ぎっくり腰を抱えて這うように生活する数日、川端賞を欲しがり願掛けをしたりしています。生活レベルがちょっと上がっています。少なくとも共有便所じゃない。これはこれで作家の真実っぽく、車谷先生を思い出させます。
| 国内な行(西村 賢太) | 15:58 | comments(0) | trackbacks(0) |
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