書評・三八堂

のんびり不定期に読んだ本の感想を書いていきます

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「水声」川上弘美
評価:
川上 弘美
文藝春秋
コメント:姉と弟がたどり着いた、家族の形

●本日の読書
・「水声」川上弘美/文春文庫

 

 ううううーん。分からなくもないけれどちょっと腑に落ちない感じの設定のお話でした。

 世間的に見て変わっている、だが魅力的な母から生まれた姉(都)と弟(陵)のお話。彼らは成長するに従って、自分たちの父と母の関係はどうも普通の家庭と違うようだと気付いていくし、そしてそれは事実変わっているし、彼らの人生にも大きな影響を与えます。

 ほら女性なら今までで一人くらいは知り合いにいたでしょう、別に美人でも可愛くもないのにやたら男受けのいい女性。本人は意識せず周りの男性を振り回し、別に男性側は迷惑とも思わないんだけれど特定の女友達しかいない、そんな女性。主人公たちの母はそんな女性です。そして彼女と一緒に暮らす父は、別に母にぞっこん(古い表現)と云う訳でもなさそうだし、何か不思議な不穏さを内包して彼らは成長します。

 物語は現代と昔を章ごとに行き来します。小学生の頃の母との思い出が語られた次には、三十五歳の主人公がイラストレーターとして生業を立てている話。都の唯一の仲良い友人、奈保子との出会いが描かれた次の章には、地下鉄サリン事件を契機に再度同居するようになった弟、陵との生活が描かれます。

 地下鉄サリン事件を契機にゆるゆると変化する姉と弟の関係も、何というか、腑に落ちない。文章の一つ一つはわたしの好きな川上さんの文章んだけど、ずっと「話の核心」が隠されて物語が進むのが気にかかりました。冒頭から何がどうなっているのかなんとなく分かる分、敢えて中心をよけて周辺を細かく描写して輪郭をくっきりさせて、でも一番大切なことはいつまで経っても現れない感じ。喩えるならモヘアのセーターの脇が少しほつれているのに気付いているんだけど、それに気付いてないかのように袖口の描写ばかり続くような。うーん分かりにくい喩えだったか。でも、ずっと柔らかく何かに包まれているんだけど首元チクチクする感じが、モヘアのセーターっぽいんだよね……。

 家族に隠された秘密は後半で一つづつつまびらかにされていくのですが、彼らの生活のかたちは、彼らにしか分からない「幸せのかたち」なのでしょう。それについてわたしみたいに「腑に落ちない」とか言うのは多分野暮なのです。

 

JUGEMテーマ:小説全般

| 国内か行(川上 弘美) | 22:56 | comments(0) | trackbacks(0) |
「ざらざら」川上弘美
評価:
川上 弘美
新潮社
コメント:「クウネル」に連載された掌編小説23編を収める

●本日の読書
・「ざらざら」川上弘美/新潮文庫

 川上さんの本を久し振りに読んだのだけど、ちょっと力が抜けているというか、軽すぎる感じで、確かにそこに展開しているのは川上ワールドなのだけれど、わたしの好きな川上さんの小説・うそばなしは、もうちょっと芯の通った、行間に言葉が詰まった、群青色みたいなものなので、正直に言えば楽しみながらも少しがっかりして読み進めていました。掌編小説が二十三編収録されています。

 解説を読んで、このほろほろしたもろい感じの小説群が「クウネル」に連載された読み切りものを集めたものだと知って、納得しました。そうか、クウネルか。それならこう云う雰囲気になるのも無理はないな。クウネル誌上で読んでいたら、とてもよく収まるに違いないです(クウネルは嫌いではないです。たまに書店で立ち読みします)。

 この本で好きなところを挙げると、それぞれの小説のタイトルです。小説のメインモチーフではなく、その脇のちょっと目立たない所に置いてあるものがタイトルに選ばれていて、そのセンスが抜群です。一番好きなタイトルは「月火水木金土日」。多分普通のセンスなら「籠」とか「あけび」とか「小箱」なんて云う全く印象に残らないタイトルにするところを「月火水木金土日」ですよ、素晴らしい(さて、どう云う話でしょう? 一冊通してこの話が一番好きです)。

 川上さんの本領発揮は「真鶴」なので、最初に手に取る川上弘美本としてお勧めはしませんが、するする読めるので気持ちのいい本でした。因みにわたしが一番好きな川上さんの小説は、不動で「神様」です。

| 国内か行(川上 弘美) | 02:20 | comments(0) | trackbacks(1) |
「風花」川上弘美

評価:
川上 弘美
集英社
¥ 1,470
コメント:のゆり三十三歳、夫の浮気を知る
 夏休みの読書感想文その一。

・「風花」川上弘美/集英社

 うーん。「真鶴」の方が良かったなあ。

 と云うのが正直なところですが、描きたい事柄が異なる小説なので敢えて別々に、これをこれで評価してみます。三十三歳の「のゆり」は不意に夫の浮気を知らされそこから始まる物語なのですが、のゆりが余りにものんびりさんなので刺々しい感じにならないで話が進みます。

 ってか何と云うかこののゆりが鈍臭くて怒らない性格なんで苛々します。要領のいい人にはいいように利用されちゃうタイプで、もし自分の好きな妻帯者の妻がのゆりみたいな性格だったとしたら、かなり闘いにくいと思います、ボケ過ぎて。

 話は動かないように見えてゆるゆると動いて行きます。劇的ななにかにはありませんしカタルシスもないですが、こう云うゆっくり脱皮する感じのお話も悪くないですね。
| 国内か行(川上 弘美) | 09:32 | comments(0) | trackbacks(0) |
「真鶴」川上弘美
評価:
川上 弘美
文藝春秋
コメント:装丁が素晴らしい

●本日の読書
・「真鶴」川上弘美/文芸春秋


 不在文学とでも呼ぶべきか、手帳に「真鶴」と一言残して数年前に失踪した夫、礼。一人娘の百と実母と三人で暮らす主婦の京の物語。

 何度も書いていますが、川上弘美の文章は「蛇を踏む」以来大好きで、一番好きなのはパスカル文学賞(現在は無い)を獲ったデビュー作「神様」。文章の何が好きと云うのは、難しい言葉を使っておらず、ありふれていない表現なのにその内容や心情が良く分かるところ。作風の何が好きと云うのは、異形のものが日常生活に自然に入り込みそれが害を為さず、寧ろ登場人物に何らかの指針を与えたり誘導したりするところ。無理に変な言葉を使わずに言うと、へんなものが沢山出てきて、それが皆無害で愛らしいところ、です。

 それと、日本語での表現を視覚的に非常に考えて書かれているところも好きです。「真鶴」の表現はリズムがあるようでないようで、一定していません。ある時は句点だけで数行に亘って一文だったり、ある時は「思う。」だけで一文だったりと、所謂文体が掴みにくい文章ですが、不思議と読みにくいとは思わないのが、氏の達者な日本語センスを感じさせます。あと同じ言葉でも漢字にしたり開いたり(平仮名で書いたり)、場面に合わせて様々です。

「真鶴」の京にはへんなものが付いて来るのですが、これは「神様」や「竜宮」のそれとは違って少しだけ意地が悪く、粘着系。失踪した礼のことを知っている風をほのめかしつつ、やはり知らないようでもあります。京と「ついてくるもの」の関わりや対話は結末に触れるので書きませんが、読後は少ししっとりとした風に撫でられたような気分になります。爽やかとは言い切れませんが、明るいです。
| 国内か行(川上 弘美) | 17:29 | comments(0) | trackbacks(0) |
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