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書評・三八堂のんびり不定期に読んだ本の感想を書いていきます
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2022.08.14 Sunday
「カム・ギャザー・ラウンド・ピープル」高山羽根子
●本日の読書 ・「カム・ギャザー・ラウンド・ピープル」高山羽根子/集英社 平易な出来事を主人公の目線で描いているのだけれど、序盤から中盤で描かれてきた主人公の体験してきた小さな出来事が、小説終盤でポツポツと気泡のように現れて情景を補足していく様が見事だと思いました。この小説の魅力をわたしは上手く文章に出来なくてもどかしいし、所謂伏線回収的なカタルシスのある話ではないのだけれど、人生ってこういう小さな思い出とか記憶とかが後になってフッと何かと結びついたりすることが往々にしてあって、それを満遍なく表現していると思いました。 祖母は煮染めたような高齢者だったけれど背中だけは綺麗だったから亡くなった時にどうにか遺体の背中を見ようとするくだりとか、近所の変質者の話とか、中学生の時の大学寮の学生との出来事とか、災害時にふと入ったお店で知り合った人との交流とか、そういう「人生のピース」で人は構成されていて、時間が下ってからふとそのピースが顔を出す、そんなことの積み重ねの描写がとてもいい。 あとは「中心の不在」。主人公に起こった何か大きな出来事が敢えて描写されていなくて最後にそれが何だったのか分かる仕組みのお話をわたしは「中心の不在」と言っているのだけど、わたしはそういう物語がとても好きです。
JUGEMテーマ:小説全般 2021.02.13 Saturday
「砕け散るところを見せてあげる」竹宮ゆゆこ
●本日の読書 ・「砕け散るところを見せてあげる」竹宮ゆゆこ/新潮文庫 「とらドラ!」の人か。タイトルが興味を惹くのと、表紙の印象的なイラストで読んでみました。 ミステリ好きの人にこういう書き方すると怒られるのですが、叙述トリックものです。と言っても事件の内容に叙述部分が掛かってくる訳ではないので、この書き方も許して欲しい。 高校三年生の濱田清澄はひょんなことで一学年下の女生徒、倉本玻璃が学年全体からのいじめの対象になっているのを目撃します。無視されたり靴を投げつけられたりしているにも関わらず玻璃は全く反撃せず、なされるがままに攻撃を受けています。清澄はいじめを止めるため周りの生徒を制止しますが、守ってもらった筈の玻璃はその助けを拒否して奇声を上げます。大学受験直前にも関わらず、頑張って毎日いじめ防止の監視のため玻璃の教室に張り込む清澄。頑なな玻璃の態度の理由は……。 と、まあ所謂ラノベなので読む前はテンションとか文のノリが自分に合うか心配だったのですが、結構読みやすくてテンションも合ってて面白くてツルツルと読み終えました。段々と清澄に心を開いていく玻璃、それに伴って玻璃の背後には探られたくないことがある模様。どうもそれは彼女の家族、ことに父親に対する玻璃の態度は少し異常で……。清澄と玻璃の心の距離が近付くに連れて、ストーリーの緊迫感もどんどん上がっていって、一日で読み終えました。読後感も少し切なくて、良かったです。
JUGEMテーマ:小説全般 2015.07.30 Thursday
「犬婿入り」多和田葉子
●本日の読書
・「犬婿入り」多和田葉子/講談社 表題作で著者は第 108 回芥川賞を受賞しております。1993 年受賞? 22 年前? もうそんなに前か。割と最近受賞したと思っておりました。当時、報道を見て「芥川? 作家キャリアがこんなに長い人に? 直木じゃなくて?」と思ったのを覚えております。本作は中篇「ペルソナ」と「犬婿入り」の二本が収録されていて、「ペルソナ」は芥川賞にノミネートされながらも受賞を逃しております。「犬婿入り」の選評を読むと「『ペルソナ』の方が良かった」と云う意見が散見され、そんなら「ペルソナ」に授賞しろよと思いますね。まあ他の作品との絡みもありますが。 それはさておき。 著者の小説を分類するとしたらわたしは幻想文学の箱に入れます。「ペルソナ」は日常の話を描いているんだけれど、何かこの世の話でないような、生々しい明け方の夢のような妙な雰囲気の話です。日常を描きながらどことなく幻想的な印象の小説と言えば小川洋子が有名ですが、あの静謐で清潔な世界観とはまた異なった、奇妙にねじれた感じが魅力です。「ペルソナ」は弟と一緒にドイツへ留学している姉を主人公として展開される話ですが、登場人物が文中に現れて少し語られると、いつの間にかその場面に出て来る別の人物の話にすり替わっており、そう言うのが延々繋がっている話です。主人公の日常に新たな登場人物が現れては気付かれぬうちに去り、現れては去り、で、なんか朦朧としている内に話は終局を迎えます。ってこんなこと書いているとこの話の魅力が全然伝わらない。主人公の道子は感情の起伏があまりなく、自分の周りのドイツ人や韓国人、日本人をとても遠いところから自分と相いれない不思議な存在と見ているような表現で描かれます。物語中の道子は特にそうも思っていないかも知れませんが、読者は道子が浮世離れしているように感じます。別に大きな事件は起こりませんが、この雰囲気は好きです。 対して「犬婿入り」は更に変な話です。超常現象的色合いが濃い。「民話や伝承の異種結婚譚と言えば『つる女房』が有名だけど、『犬婿入り』って話もあるのよ」と小学生の生徒に奇妙な話を吹き込む個人塾講師、みつこが主人公です。団地内で妙な信頼感を持って存在するキタムラ塾。講師の北村みつこは得体の知れない中年女で、勉強もちゃんと教えてるんだか教えていないんだか分からないけれど小学生たちがそこに通いたがるのは、先に描いたような変な話をみつこが時おり話すから。「犬婿入り」の話はと言えば、ずぼらな召使がお姫様が用を足した後の世話をさぼりたくて「お姫様のお尻を舐めて綺麗にしてあげたら、いつかお姫様と結婚出来るよ」と犬に吹き込んで世話をさせていたと云うエログロな始まり方をします。長い話の顛末は子どもによって変わり、ある子は犬と姫が結婚すると言うし、ある子は犬は撃ち殺されたと言う。この伝承の雰囲気がそのまま「犬婿入り」の話全編を貫いています。てゆうか親としてはこんな先生嫌だけど、子どもは怖いもの見たさと言うか、蓮っ葉な大人の魅力にはまるだろうなあと思います。 そんなみつこのところにある日突然さわやかな男が転がり込んで来ます。でもよくあるラブストーリーでは全然なくて、男はみつこの身体のにおいに異常に執着し、昼は寝ていて夕方にみつことまぐわい夜は外出する生活をします。みつこに挿入した後すぐに抜いてもやしを炒めたりします。みつこの肛門をぺろぺろ舐めます。変。 「犬婿入り」の話が読者の脳裏をよぎります。 カタルシスとか分かりやすさを求めてこの著者の話を読んでも報われないけれど、わたしはこの「変なのに確固とした」著者の世界が好きです。話の好みでいえば「文字移植」の方が好きですが、文字移植の方が訳わかんないので、少し興味がある人だったら「犬婿入り」の方がいい、かも(読む人を選ぶので勧めにくい)。 JUGEMテーマ:小説全般 2015.03.07 Saturday
「ほぉ…、ここが ちきゅうの ほいくえんか」てぃ先生
・「ほぉ…、ここが ちきゅうの ほいくえんか」てぃ先生/KKベストセラーズ かわいい。子どもも、先生も。保育園の若い男性保育士てぃ先生の、時に笑いを誘い、時に心温まるツイートの数々は本を読む前からいくつか目にしていたのですが、この度書籍にまとまったと云うことで改めて通して読んでみました。いやあ、子どもは可愛いねえ。そして独身であることを園児にもからかわれて苦笑しているてぃ先生も可愛い。保育にまじめに取り組み、そして子供のことが大好きな先生なんだろうなあと思います。自分が子どもをしょっちゅう怒鳴りつけていることを鑑みて反省。 本の構成は各子ども毎に章分けしてあり、扉でその子どもの特徴や傾向を紹介し、彼や彼女の日常の出来事を対話形式で書いてあります。わたしはツイートの方を先に見てその書き方が面白いと思っていたので、このような対話形式に直してあるのがすこーしだけ残念でした。でも面白いことに変わりはないんですけどね。 元ツイート 散歩先の公園で遊んでいたら、ベンチに座っていたおばあさんが「カッコいい先生ねぇ」と話しかけてくれて、内心「(えへへ)」なんて照れていたんですけど、それを聞いていた女の子(5歳)が「でも かのじょ いないんです」とすかさず入ってきたので、本当よくできた子だなって悲しくなりました。 書籍収録 公園で遊んでいると、知らないおばあさんに先生が話しかけられました。 おばあさん「カッコいい先生ねぇ」 先生(照れながら)「いやいや、そんなことは……」 うめ「でも かのじょ いないんです」 すかさず会話に入り込んでくる出来の良さに、「さすが」と感心するとともに、「余計なお世話!」とツッコみたくなりました。 なんとなくツイートの方が文字数制限あることもあり、ドライブ感がある気がします。 章の合間合間にちょっとした育児アドバイスも入っていて、楽しめる一冊でした。子ども可愛いなあ。そしててぃ先生に良縁がありますように! 2014.10.29 Wednesday
「ドミトリーともきんす」高野文子
●本日の読書
・「ドミトリーともきんす」高野文子/中央公論新社 科学者たちの業績、著作へのガイダンス漫画です。売れているみたいですな。 とも子さんは娘のきん子ちゃんに語って聞かせます。 「100 に近いくらい上の、大昔の科学者さんたちがご近所にいたら、こんにちは、ごきげんいかが、って声をかけてみたいわ」 そしてとも子さんは想像を膨らませます。とも子さんときん子ちゃんは母娘ふたりで下宿屋さんをまかなっており、そこに学生さんを住まわせています。寮生さんは、朝永振一郎、牧野富太郎、中谷宇吉郎、湯川秀樹の四人。彼らの功績は衆人の知るところですが、彼らのエッセイや著作はあまり広く読まれているとは言えません。四人の自然科学上の発見から少し脇へ逸れて、思い出や日々雑感を綴った著作をひも解き、漫画を入り口として読者を彼らが綴った言葉の世界へといざないます。 漫画に慣れた人は文章を読み飛ばすかも知れませんが、各話の最後一コマに書かれた科学者たちの著作の抜粋、次ページ見返しに載せられた著作についての説明が、この本のとても大切な部分です。絶対に飛ばさないように。 この四人の科学者に限らず、昔の偉人は教養高く、全分野について常人を上回っているイメージがわたしにはあります。森鴎外が軍医としてより文人として名高いことや、物理学者の寺田寅彦が多くの名随筆を残していることで知られているように。本書の中では「綴り方が苦手だった」と書いている湯川秀樹の著作を、悩みながら少しずつ読んでみたいなあと思いました。それよりさきにちくま学芸文庫の寺田寅彦著作集を読まなきゃね、わたし。 JUGEMテーマ:小説全般 2012.03.24 Saturday
「共喰い」田中慎弥
●本日の読書 2012.01.01 Sunday
「文字移植」多和田葉子
・「文字移植」多和田葉子/河出文庫 わかんない、わかんないけどとても惹かれて先が気になる小説でした。「海に落とした名前」よりも好きです。 「現代版聖ゲオルク伝説を翻訳するために火山島を訪れた<わたし>」が散らばる言葉と進まない翻訳、想像の世界で<作者>とコミュニケーションを取り、次第に自分が変身してゆくイメージに囚われてダメージを受ける。果たして翻訳は完了するのか、物語世界に飲み込まれるのか……と書くと良くある類の「翻訳している内に物語世界に取り込まれて、物語世界を生きるようになる話」と思われそうですが全くそうではなく、もっと更に分からない話です。翻訳から食らう肉体的ダメージも靴に小石が入っているとか肌がかぶれるとか、痛いけれど重くないそんな症状で、なるべく早くに翻訳を終えて島から原稿を放して仕舞わねばならないと強迫観念に駆られる日々。 <作者>と共に噴火口の縁を歩いているイメージが、翻訳という作業を通して母語と翻訳語の間で揺れる<わたし>のメタファーであるという解説を読むと「ああ、そうかー」と思うのだけれど、読んでいるときはそれに全く気付かないくらいのわたしの読解力。そんなわたしがこの小説の何に惹かれているのかと云うと、舞台となる火山島に暮らすどことなく無機質な人々と、進まない翻訳の行方です。時折挟まれる言葉の断片は単語の羅列だったのでそれがまさか翻訳文だと思いませんでしたが、どうやらこれが彼女の翻訳らしいです。そしてその物語も佳境に入っているのですが単語の羅列であるが故に盛り上がりに欠け、しかし確実に物語も翻訳も終わりに向かっていることが分かるのです。 <わたし>が来訪を恐れているゲオルグの存在も謎です。実在の人物なのか、物語の中の聖ゲオルグなのかも明らかにされていませんが、彼が登場しないままで<わたし>を動かしている「不在の中心」です。後半、物語がまるで自力でどうにもならない夢の中の様相を呈してきますが、不思議に惹かれる物語でした。多和田葉子作品、もっと読んでみたいです。 2009.02.07 Saturday
「ものがたり水滸伝」陳舜臣
●本日の読書 2007.06.28 Thursday
「愛する源氏物語」俵万智
・「愛する源氏物語」俵万智/文春文庫 どうしてこんなに源氏物語の周辺書物が好きなんだろうなああたし。その割には「あさきゆめみし」以外では原作に通ずるものは読んでいないのが自分でも妙。与謝野源氏も谷崎源氏も円地源氏も田辺源氏も瀬戸内源氏もどれも読んでいないです。あ、橋本治の「窯変 源氏物語」は一巻だけ買って読んだけれど、どうも馴染めなかったんだった。閑話休題。 「恋する伊勢物語」に続き、古典の短歌を現代語の短歌に詠み替えて解説してある源氏物語の入門書と云うか副読書と云うか、関連書籍です。面白いです。源氏物語はその物語性や登場人物の人間性について語ってある本は多いけれど、和歌について考察した本は意外に少ないのではないでしょうか(研究書除く)。そもそも古語で書かれた和歌を現代語に慣れた我々が読んでも殆ど分からないところを、俵万智風の翻訳和歌でその時の登場人物の気持ちを読めると云うのは贅沢であり、また源氏理解も深まります。面白いです。 (いつか追記予定) 2007.05.08 Tuesday
「海に落とした名前」多和田葉子
・「海に落とした名前」多和田葉子/新潮社 ISBN:4-10-436103-8 多和田葉子の小説は「不思議な世界」とか「独特の雰囲気」とよく評されるのだが、そう簡単に良く分かる言葉で評していいのかなあと云う思いもわたしの中にある。「不思議」だからどうである、「独特」だからどうであると、その先に踏み込んで受け止めなければならない何かが、その文章の中にあると感じた。 などと書きつつ、「文字移植」(河出文庫)は途中で挫折しているのだが。 本作品は四つの短篇で構成される。冒頭の「時差」は、段落が変わるごとに三人の語り手が入れ替わり立ち代りする構成だが、割とすんなりと読めた(ゲイの話だが)。二篇目が非常に前衛的な小説で、何を表現したいのかわたしの読解力では読み取れなかった。なにしろ、本文中に主人公の行動選択肢が設けられているのだ。 「土木計画」は飛ばして、表題作の「海に落とした名前」。これが非常に印象深い作品である。不時着した飛行機に乗っていた女性は記憶を失っており、手元に残されたレシートだけが彼女を彼女たらしめている。その彼女の担当医師の甥と姪がそれぞれ病室を訪れてなにくれとなく彼女の世話を焼くのだが、この兄妹がどうも怪しいと云うか胡散臭いと云うか、裏事情がありそうな雰囲気。記憶が戻るかどうかなど、些細な問題である。 |