書評・三八堂

のんびり不定期に読んだ本の感想を書いていきます

「アイの物語」山本弘
評価:
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KADOKAWA / 角川書店
コメント:「詩音の来た日」が秀逸ですな。

●ずっと前の読了本
・「アイの物語」山本弘/角川文庫


 ハードカバー初版で買った「神は沈黙せず」を読み切れなくて手放したわたしでも読めますかね山本弘。と逡巡しつつ妹(SF 好き)から借し付けられた本書です。途切れ途切れに読み始めましたらこれは面白い。上手にまとまっている SF 連作短編集。

 遠い未来、機械が支配する地球上で、機械を憎み孤独に闘う少年を完膚なきまでに圧倒して捕縛した強く美しいアンドロイド・アイビスは、彼が治癒するまでの間に人工知能やアンドロイドに関する昔の創作物語を読み聞かせます。最初は彼女からの洗脳を警戒して頑なだった少年は、それでも物語を聞き、徐々にその魅力に心を緩め始めます。アイビスの語った物語と云うかたちで七つの短編〜中編が収録されているのですが、章の合間合間に「インターミッション」として描かれる少年とアイビスの物語を抜けば、一つ一つの話はアンドロイドや宇宙に関する「いい話」で、それぞれが独立して読める物語です。初出を見ると各話は実際に「インターミッション」を抜いた状態で個別に雑誌掲載されていますので、つまりは単独に描いた話を「アイビス」と云う存在で繋いで連作短編にしたんでしょう。しかしその繋ぎ方が実に自然で「この本のために各話を書き下ろした」と説明されても何の違和感もありません。

 物語を書き継ぐネット上のコミュニティを主催する女性のもとにある日刑事が訪ねて来て、彼女のコミュニティのある参加者が犯罪を犯したと告げる冒頭の話から、ヴァーチャルリアリティと人工知能が普通になっている世界での出会いを描いた作品も読了感が清々しかったし、子ども向けおもちゃの鏡に棲む人工知能のお姫様と交流する「ミラーガール」も良かったなあ。ブラックホールへ突入する強く美しい女性冒険家の話(これだけちょっと浮いてた気がする)を経て、本書随一の名作である、介護福祉施設で働くアンドロイドの物語「詩音が来た日」から怒涛の最終話、アイビス自身の物語である「アイの物語」に至るまで飽きさせません。特に「詩音が来た日」が秀逸。最高の人工知能を持つアンドロイドの詩音が介護士や老人とのふれあいを経て人間と云う存在を喝破するくだりは強く記憶に残ります(何て言ったかは読んでからのお楽しみ)。

 最終話の「アイの物語」はアイビス自身の物語です。アイはアイビスのアイであり、わたしの I であり、アンドロイドたちの会話で頻出する虚数の i であり、人工知能の AI であり、そして愛でもあるのです。解説で書評家の豊崎由美が書いていますが、山本弘はこの作品で人間の価値観と気持ちを変えようとしているのであり(そのためにはもっとたくさんの人が読まなきゃならんのですが、なかなかSF って手に取ってもらいにくいのだよね)、機械が支配する物語中の未来を真摯に受け止めなければならないのです……と大上段に構えて書くのもアレなんでこの辺で止めますけど、アンドロイドの支配する完璧な未来も悪くないんじゃないのかなあと思わせるところがちょっと怖いですな。もう少し人間の可能性を信じてみたいですね、個人的には。

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「壊れた脳 生存する知」山田規畝子
評価:
山田 規畝子
角川学芸出版
コメント:高次脳機能障害は記憶と自意識が残っているのが辛いとのこと。それにつけても脳はすごい。

●本日の読書
・「壊れた脳 生存する知」山田規畝子/角川ソフィア文庫


(「障がい」と書くのが正しいのかも知れませんが、本文に合わせて「障害」表記で進めさせて頂きます)

 三度の脳出血で高次脳機能障害を持った元医師の著者によるドキュメンタリー兼高次脳機能障害解説書。むかーし、それこそ中学生くらいの時に見た NHK のドキュメンタリー番組で、脳出血などで脳の一部が機能しなくなるとその場所に応じて認知に障害が出ると云うのを知りました。その時の映像は奇しくもこの本の著者と同じ左半身麻痺と左側への認識が無くなる状態の患者さんで、彼は絵を描いても向かって右側しか書かず、食事をしても左側に置かれた皿を認識していないで食べ終える、と云うものでした。子ども心に「こうまでスパッと真ん中から左への認知が抜け落ちるものなのか」と思ったことを覚えておりますし、以来ずっと脳と云うものの働きの不思議さは心の隅っこの方に居座っておりました。

 本書の著者は医師ですが(でしたが)、医学部六年生の時にモヤモヤ病からの脳出血、医師になり三十四歳で脳出血と脳梗塞の合併、そしてその三年後にもう一度、脳出血に見舞われます。二回目の脳出血で記憶障害と注意障害が生じるのですが、これが本書の前半部分を占めており、その内容だけでもかなり興味深いです。記憶障害は文字通り、今やっていたことを覚えておけない、先の予定が覚えていられないと云うものです。注意障害は乱暴に言えば秩序立ったことが出来なくなる状態で、著者はこれを「子どもが保育所に持っていく絵本袋を作る」ことの困難さで強く感じたことが語られています。

 一番大切だと思ったことは、このような高次脳機能障害を持つ人は、過去にそれらをたやすく出来た記憶が残っており、「出来ない自分」を誰よりも不甲斐なく辛いものだと捉えていると云う事です。「こんなに簡単なことが何故出来ないの」と聞こえるように言われても、出来ない自分に最も苛立っているのは患者本人です。そこで諦めてしまい、無力感と実際に身体を動かしにくくなることから寝たきりの患者になる人もいるとのことで、これは周りの方が「簡単なことが出来ない、新たなその人」として接することによって回避出来るケースもあるとのことでした。著者の場合は独り言と云う形で自分の記憶に積極的に語りかけ、自分の声を聞くことで出来事を整理して対応する、と云う方法で少しずつ出来る事を増やしていったと書かれています。これらの動作を司るのは脳の前頭前野なので、己の中のアドバイザーに「前子ちゃん」と名付けての自問自答の会話、それと身体が覚えている動作で日常生活を少しずつ取り戻していく様子は単純に応援しながら読みました。

 三度目の脳出血は大きなもので、脳内の出血は直径 8cm、150cc に及ぶもので、これにより著者は左半身の認知が無くなり麻痺が残り、遂に医師を辞めることになります。しかし前述の方法と月一回のリハビリによって、なんとか日常生活を送れるまでに回復します。これらは全て著者の「日常生活の全てがリハビリになる」と云う考えと、学究心旺盛な性格で己の病気を客観視して捉える事が脳の働きを活性化し、麻痺している半身に微妙な刺激を感じるまでにニューロンを発達させた結果なのだと思います。

 本文解説が、著者が二度目の脳出血を起こした際に知己を得た山鳥重神経内科医によるもので、これが非常に丁寧でまた高次脳機能障害についての専門知識に溢れており読み応えがあります。文中の症状と病態をリンクさせて解説してあります。余談ですがわたしはこの本を Kindle 版で読んだため、ワンタッチで本文の他該当箇所に飛べるのは便利でした。

 重い障害の残る身体で書かれたとは信じられないような秩序立った記述はそんなに簡単にまとめられるものではないのですが、本当に人間の脳はすごい、そしてそれを「すごく」させるのは他ならぬ人間の「考える力」であると改めて思った次第です。

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「ひろいもの」山本甲士
評価:
山本 甲士
小学館
コメント:こう云う話もたまにはいいね

●本日の読書
・「ひろいもの」山本甲士/小学館文庫


 北海道くすみ書房さんの友の会「くすくす」の推薦本にありましたので配本で入手しました、初めて読む作家さん、山本甲士。「こんなことあったらいいなあ」と云う、心の温まるいい話が五篇収録されています。

 ぱっとしない「こんな筈じゃなかった」生活をしている人々が、タイトル通り「ひろいもの」をきっかけに、日常生活に訪れたちょっとした変化に身を委ねて生活を変えていくお話です。多少予定調和と云うか、「こうなったらいいな」と登場人物を応援しながら読んでいるとその通りに話が進んだりするところはあるんですが、そんなところを含めて「いい話」なので読了感はどの話も清々しいです。明日からちょっと頑張ろう、って云う気になります。冒頭の「セカンドバッグ」の話が一番好きだなあ。意欲を持って何かに向き合えるっていいよね。

 連作短篇集なので、以前の話の登場人物が脇役として再登場することもありますが、どれも「ひろいもの」後の変わった後の姿なので、ああ良かった、あなたはあの後こんな風になっているのね、と嬉しく懐かしく読めます。文章が過不足なく上手なのでするすると二日ほどで読み終えました。すっごく悪い人や自力でどうしようも出来ない最悪の事件なんかは起こらないので、気持ち良くハートウオーミングストーリーを読みたい人にお勧めです。
| 国内や行(その他) | 23:01 | comments(0) | trackbacks(0) |
「ここは退屈迎えに来て」山内マリコ
●本日の読書
・「ここは退屈迎えに来て」山内マリコ/幻冬舎


 著者のデビュー作がこの「ここは退屈迎えに来て」、第二作が「アズミ・ハルコは行方不明」で、書店店頭に飾られたポップで「迎えに来てっつったから来たのに行方不明ってどーいうこと?!」って書いてあったのがツボでした。ポップ書いた人、いいセンスしてるなあ。

 地方から都会を羨んだガールズストーリー。わたしは著者と出身県が同じ、年齢も近いので感情移入して読んで仕舞いました。上手だなー。新潮社主催「女による女のための R-18 文学賞」受賞の時から気に留めておりましたが今回初めてまとまった作品を読みまして、読んで良かったと思っております。地方出身の女性は半分以上こう云う肥大した自意識と都会への憧れをこじらせ、持て余してるもんですよ、きっと。

 どの話にも「椎名」と云う男性が登場する連作短編集なのですが、椎名は物語の中心には位置せず、核心の周りをふらーっと行き過ぎるだけと云う、ありそうでなかった設定が印象深いです。椎名は高校生の時はイケてる男子でしたが、大阪暮らしを経て地元に出戻ってからは落ち着いた普通のおっさんになっています。

 冒頭の「私たちがすごかった栄光の話」から、地方の劣等感を適切な言葉に直して恥ずかしいほど陳列して来られて参りました。「リトルモアから写真集出したかった」とか「ロッキングオン信奉者」とか、いるいるそんなん、と思う思う。店だのブランドだの歌手だのバンドだのの固有名詞がバンバン登場するので十年後読むと古びているんじゃないかなあとか思うのですが、地方在住で都会に憧れがある、または都会からUターンして来た女性は、今、正にジャストナウ読むべき一冊です。

 一番良かったのは「地方都市のタラ・リピンスキー」。地方から出られなくて腐り続けているゆうこは自分をフィギュアスケーターのタラ・リピンスキーになぞらえて想像の世界では自由に羽ばたいています。「アメリカ人とリセエンヌ」も良かったな、余韻がいいです。「アズミ・ハルコ」も機会があれば読むぞー。
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「デザインの骨格」山中俊治
評価:
山中俊治
日経BP社
コメント:考え抜かれた機能を備えた形状は美しい。

●本日の読書
・「デザインの骨格」山中俊治/日経 BP 社


 会社の方からお借りしました。寡聞にして著者を知らなかったのですが、デザイナーとして有名な方のブログ記事を抜粋してまとめたもので、著者のデザインした工業製品やロボットなどの美しい写真と共に、著者の考えるプロダクトデザインとは何かが端的な文章で語られています。そう、文章分かりやすいです。変に凝り固まった美学を振りかざしたりせず、平易ながら納得出来る解説でデザインが語られています。

 一番心に残ったのは義足をデザインすることについての記事。抜粋します。

 つまり、義足は本物そっくりがベストと思われているけど、本当にそれでいいのか、という疑問です。機械を使い、人工素材を使う以上、人の形に似せることと機能は原理的に相反します。本物に似せようとするほど、その違いがあらわになる。だからこそ、人の足を越えた美しい義足を目指すべきではないか。
(第八章 人体の秘密を探る「『かたちだけの愛』を義足デザイナーとして読んでみた」 P250)

 一商品開発者として、デザインについて考える機会になりました。「機能美」と云う言葉があり、単なる見た目を越えて、機能を盛り込んだが為にこの形状にせざるを得ず、それが美しさを感じさせるものであればそれが究極の「デザイン」であると思います。日々の仕事ではやっつけになる部分を、もっと突き詰めて考え抜かなくてはならないと、自戒しました。デザインのノウハウを知る本ではなく、デザインは何を目指すべきか、正に骨格を指し示す一冊でした。で

| 国内や行(その他) | 00:35 | comments(0) | trackbacks(0) |
「西日の町」湯本香樹実
●本日の読書
・「西日の町」湯本香樹実/文春文庫 ISBN : 4-16-767959-0


 著者の作品では「夏の庭」も「ポプラの秋」も大好きだった。

 久し振りの新作を文庫で読んだ。今まで、小さな子と老人の関わりを描いてきた著者だが、今回の作品もそれに漏れず、「ぼく」と祖父である「てこじい」の関係を描いている。しかし今作はそれだけではない。ぼくとてこじいの間には、ぼくの母がいる。子供と老人の、少し距離を置いた交流のみでなく、父と娘の少し距離を置いた交流。ここに一つ、新しい位相が生まれる。

 あたしの考える湯本作品のキモは「子供と老人の触れ合いと、作為的でない涙」であったのだが、この「西日の町」では先に述べた父娘の触れ合いも絡んで来るが故に、三十近い自分は孫と娘(主人公とその母)のどちらにも感情移入が出来る。

 この作品で一番印象に残っているのは、冒頭で母が夜に爪を切るシーン。夜に爪を切ると親の死に目に逢えないと云う迷信があるのだが、それを知っている母は実の父親の前で爪を切る。これからの色々を想像させて、非常に秀逸な出だしだと思います。ああ、こんな誰にでも分かる言葉でこう云う物語を紡げるなんて、すごいなあ。いいなあ。
| 国内や行(その他) | 21:41 | comments(0) | trackbacks(0) |
「High and dry(はつ恋)」よしもとばなな
評価:
よしもと ばなな
文藝春秋
¥ 1,260
(2004-07-23)
コメント:RADIOHEADか。RADIOHEADなのか。

●本日の読書
・「High and dry(はつ恋)」よしもとばなな/文芸春秋 ISBN : 4-16-323160-9


 よしもとばなな読むのは「アムリタ」以来かしら。久し振りに読んだら自然にするすると読めました。昔は「悪くないけど、どうも心に残らない!」と切り捨てていたのですが、今読むと平易で、全て理解出来る言葉で書かれているのに、共感出来るところが良いなあ、と。

 粗筋。中学生の夕子が恋をしたのは、通っている絵画教室の青年先生、久倉君。少し変わった家庭で自由に育った夕子は、実際の中学生らしく恋愛暴走しないし、久倉君は久倉君で年齢ダブルスコアの夕子を対等と見なして会話をする。いや、それはそれで立派なことですが、作者特有の乾いた世界・汚れ無き人々ばかりで、少々現実感覚が薄い。現実に近いファンタジーと云う事で、それはそれで良いのですが。

 あと、「悟っている者」は「悟っている者」同士、少しの会話ですぐに分かり合っちゃう辺りなども、ひねくれたこちらとしては素直に読めなかったり。夕子も年齢の割りに達観しすぎの感もあります。夕子のお母さんが唯一現実に近い人かな。ま、久倉君のようながっつかない大人の男性がはつ恋の相手だと、それは素敵なことだと思いますが……。

 挿画が話にあまり関係なく、少々五月蠅く感じました。
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「美人の日本語」(と「言葉のブリキ缶」)
●本日の読書
・「」
美人の日本語山下景子/幻冬社 ISBN : 4-344-00751-4

 評判になっているそうで、日本語の表現の幅を広げる為に読んでみました(嘘。図書館で新刊図書の中に残っていたから)。日本語の中で余り知られていない美しい言葉を見出し語とし、その語源の紹介からちょっといい感じの話に落としてあるエッセイ(と云う分類が適当かどうかは分からないのだけど)です。

 元々メールマガジンで一つずつ読者に届けられていたものをまとめた本で、それだからかも知れませんが通して読むと落ちが大体同じと云うか、読後感が画一的に感じます。良く言えば人口に膾炙し、悪く言えば当り障りが無い。
 余談になりますが、これは当り障りがないと書きましたが、同じく言葉を集めた本の中でこれと対照的なものとして私の記憶に残っているのが「ことばのブリキ缶」(長野まゆみ/河出書房新社)。これは長野まゆみが好む言葉を並べた彼女の辞書なのですが、すごく特徴的で好き嫌いが分かれると思います。なのでこれは人口に膾炙しない代わりに、当り障りがありまくり。自分の言葉で言うと、心に引っ掛かりまくりな訳です。閑話休題。

 勿論知らない言葉が多いのでためにもなりますが、一頁一頁読んでいくのではなくて、見出し語を眺めて気に掛かった部分を読むと云うのが自分に合った読み方だと思います。文庫になったら手元に置いて眺めるのも楽しいかも知れません。装丁は綺麗だし。
| 国内や行(その他) | 23:09 | comments(0) | trackbacks(0) |
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