書評・三八堂

のんびり不定期に読んだ本の感想を書いていきます

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「本屋さんで待ちあわせ」三浦しをん
評価:
三浦 しをん
大和書房
コメント:本屋さんの中心で愛を叫ぶ。

●本日の読書

・「本屋さんで待ちあわせ」三浦しをん/大和書房

  本年もお世話になりました。来年もどうぞ宜しくお願いいたします。ってもう年明けてんがな! 読了が 2016 年末だったので、年越し前に感想文書こうと思っていたのですが、大掃除していたら疲れ果てて眠って仕舞って書けませんでした。そんな感じの 2017 年ですがどうぞ宜しくお願いいたします(二回目)。つーか昨年は十月からこっち業務に勤しみ過ぎており全く記憶がなくて読書どころじゃなかったんだなあと昨年を振り返っています。ま、全て自分の至らなさとスケジューリング能力のなさ、全体観の欠如が原因なので……って感想文書いてるのに反省をし始めてどうする。この書評集を読んで改めて「ああ、本読みたいなあ、本っていいなあ」と思った矢先ですので、そっちの話を書かなきゃですね。

 小説が上手で読み巧者でもある小説家を挙げろと言われましたらわたしは川上弘美と三浦しをんを挙げます。書評のタイプにもその小説の文壇に於ける位置付けを評したり、表現の鮮烈さを本文を引きながら紹介したり、設定に対する文体を評価したり、着眼点の良さを褒めたりと色々あると思いますが、著者の書評は文章全体から「この本が好きだ!」と云う気持ちが溢れていて、読んでいると紹介されている本が猛烈に読みたくなります。人が全力で好きを叫んでいる作品が結局は一番面白いよなあ、うん。

 新聞だったり雑誌だったり発表媒体によって書評の文体と内容への踏み込みを巧みに調節している感じはありますが、この「すげーよこの目の付け所」とか「この美しい文章が」などの思いを、氏の思い出や身の回りのことを絡めて紹介してあるのが上手。わたしは本書を読んで、丸山健二の名前を「いつか読みたいボックス」に入れましたよ(因みにこのボックスには既に中上健司と吉本隆明と吉田篤弘と松田青子と木下古栗と岡田利規が入っている)。書評集としては二冊目と云うことで、前作の「お友達からお願いします」もいつか手に取ってみたいです。

 あとですね、後書きに書かれている「最近読んで面白かった小説と漫画」が一番面白かったです。ボーイズラブ作品への熱い思いが語られておりまして、本当はこの人これが一番書きたかったんじゃないかなあと思いました。ってゆーか三浦しをん、こんなに沢山の BL 作品読んでてしかも小説上手いなんてずるい。めっちゃずるい。あ、氏の小説でわたしが一番好きなのは、短編集で「君はポラリス」、長編なら「風が強く吹いている」です。絶対外さないと自信を持ってお勧めします、是非どうぞ。

JUGEMテーマ:小説全般

| 国内ま行(三浦 しをん) | 16:40 | comments(0) | trackbacks(0) |
「舟を編む」三浦しをん
評価:
三浦 しをん
光文社
コメント:まじめくんかわいー。

●本日の読書
・「舟を編む」三浦しをん/光文社


 本屋大賞を受賞し映画化もされた有名作、辞書を作る人々のお話です。出版社の名誉と意地と沽券に関わる辞書ですが、専門の編集部を持つ出版社が少なくなっている中で玄武書房の辞書編集部・荒木は、目の前に迫った定年退職の後に辞書「大渡海」の編集を任せられる人材を探しています。

(営業部女子社員、部屋の奥に向かって呼ぶ)「まじめさーん」
あだ名が真面目? どんなやつなんだ? ぼさぼさ頭のうだつの上がらない男が来たぞ。
「まじめです」
(名刺)馬締光也

と云うことで辞書編集部に配属になった馬締君の、言葉との格闘が始まります。月から降りて来たような美しいヒロインも登場し、不器用だけど一途に真面目に、馬締君は仕事と恋に邁進します。彼は元々言葉に対して真摯に向き合う辞書編纂に非常に適したキャラクターだったのが幸いし、荒木や監修の松本先生と毎日侃々諤々の討論を繰り返し、辞書をゆっくりしかし着実に編纂していきます。辞書に冠せられた「大渡海」の言葉通り、大きな船が少しずつ海を進むように。

 辞書の編纂が想像を絶する長さと根気良さで地味にちまちまと進められていくことを知らしめ、何気なく使っている辞書の成り立ちを意識させただけでも本書の存在意義は十分果たされたと思うのですが、ここは敢えてわたし、西岡に注目したいと思います。西岡は馬締が配属されるより前から辞書編集部にいた先輩編集者ですが所謂チャラ男で、荒木によく叱られるし自分が辞書に向いているとは思っていません。高いコミュ力でどこの編集部でもコミットし生き抜いている彼ですが、馬締の出現で己の存在価値を見つめ直すことになります。辞書の言葉集めや言葉の定義、構成や校正などは根気のいる作業なので馬締のような性質の者が向いているだろうことは素人も容易に察せられるのですが、実際は西岡が得意とするような渉外の仕事もあるんですね。教授への原稿依頼と督促、装丁業者やデザイナー、製紙業者との打ち合わせ等々。ですが西岡は辞書の内容に関するところにばかり目を向けているので、自分が役に立っている実感がないのです。そんな彼がある日荒木に呼び出されます。西岡の動きと彼の心境の変化にご注目下さい。著者はこう云う脇役の機微を描くのが上手だなあ。

 数年後の後半からは怒涛の展開です。「大渡海」は無事出版し、世間に出帆することが出来るのか、乞うご期待。読後感は爽やかで、気持ちのいい小説です。

 さ、次は映画見るんだー。そして馬締君馬締君書きすぎていますが、段々と馬締が「馬謖」に見えてきました。泣いても馬締は斬られません。
| 国内ま行(三浦 しをん) | 00:18 | comments(1) | trackbacks(1) |
「神去なあなあ夜話」三浦しをん
評価:
三浦 しをん
徳間書店
コメント:神去の人々に愛着が湧いてきた

●本質の読書
・「神去なあなあ夜話」三浦しをん/徳間書店


 ねえねえ、いつも「本日の読書」になっているところが今回は「本質の読書」になってたのに気づいた人、いる? いないよね。って誰も読んでないってば。これはインターネットも繋がらないパソコンの中に俺がちまちま書き溜めている記録なんだから。と云う設定で紡がれる「神去なあなあ日常」の続きのお話です。続きなので「神去なあなあ日常」を先に読んでからの方がいいです。因みに「本質の読書」は単にタイプミスですが面白いのでそのままにしておきます。

 高校卒業直後に母親によって勝手に林業の世界へ放り込まれた平野勇気君は二十歳。林業にも大分慣れてきて、陸の孤島神去村での生活にも充実を感じているこの頃。居候先で林業の先輩、野生的なヨキ、落ち着いた若きおやかたの清一さん、ベテランの三郎じいさんと巌さんに温かく育てられ、いっぱしの職人への道を進んでいます。ヨキの祖母の繁ばあさん、ヨキの妻みきさん、勇気が思いを寄せている直紀さんなどおなじみの登場人物とも再び会えます。大きな事件も陰謀もない村での生活の描写はほのぼのと読めて、読者の方でも平野勇気を見守り応援しつつ温かく見守るように読めるいい本です。今回直紀さんとちょっと進展あるよ!

 著者が対談だかインタビューだかでこの作品について語っているのを又聞きしたところによると「居場所のなかった青年が居場所を見つけてそこで生きていく」ことがテーマのシリーズだと云うことで、正にそうですね。往々にして村社会は閉鎖的で、このお話のように順調に馴染めるケースばかりとは限らないですが、主人公が自分の仕事に精を出しつつ、村の人々と話をしたり行事に参加したり怪しげな言い伝えに従って願掛けをしてみたり自然を尊重して行動したりすることで、徐々に居場所を得ていく様が描かれています。変に拗ねていない、素直な性格なのがいいんだろうね。文章の書きっぷり(本文は勇気の日記という設定なので)からもそれが伝わって来ます。

 本編は「神去村の(は)○○○」と題された七つのお話が収録されていますが続きがある感じの終わり方をしているので、続刊出たら読みます。「〜日常」を読んだ時は「ふーん、林業かあ。でも『風強』の方が面白かったなあ」程度にしか思っていませんでしたが、続刊を読んで村の人々に愛着が湧いてどんどん面白くなって来ましたよ。じゃあそれまで、またね!(なあなあ風)
| 国内ま行(三浦 しをん) | 16:21 | comments(1) | trackbacks(1) |
「ロマンス小説の七日間」三浦しをん
評価:
三浦 しをん
角川書店(角川グループパブリッシング)
コメント:表紙はこなみ詔子版の方が好きだった

●本日の読書
・「ロマンス小説の七日間」三浦しをん/角川文庫


 主人公が翻訳しているロマンス小説と、彼女の生活が交互に章立てられている軽くて読後感爽やかな三浦しをんの初期意欲作。二日ほどで気持ちよく読めました。

 小説の翻訳を職業とするあかりは、ただいま中世イングランドを舞台としたロマンス小説を手掛けている真っ最中。締め切りまであと七日、進捗はギリギリ。暑い夏、典型的で退屈な恋愛小説、進まない仕事。そんな折に半同棲中の神名(かんな。苗字じゃなくて名前です)が何の前触れもなしにいきなり会社を辞めて帰って来ます。思いつきだけで好き勝手に生きているように見える神名を見てあかりのイラつきは最高潮、翻訳中のロマンス小説のヒロインの主体性のない性格があかりの腹立ちに拍車を掛けます。

 あかりの怒りは何故か、ロマンス小説の筋書きに八つ当たりする方向へ向けられます。清楚で従順で少女マンガ的性格のヒロインはあかりによって原作にない行動をし、屈強で陰のあるヒーローの騎士はとばっちりで大変な目に遭います。退屈なロマンス小説が、投げやりになったあかりの創作物語になるに連れてものすごく面白くなり始める辺りは、読んでいて非常に楽しいです。現実パートと小説パートが交互に書かれますが、最初は「彼氏、会社辞めてどうすんの?」「行きつけの居酒屋の常連の女の子、神名のこと好きなんじゃね?」と現実パートの方が興味を引かれます。それが第五章/五日目くらいであかりが勝手に話を捏造し始めると、退屈だったアリエノールとウィリックの話の方が俄然面白くなります。うーん、上手い。

 わたしが三浦しをんの作品で好きなところは、恋愛のちょっと寂しい描写です。日常に溢れるありふれた風景が、人物の心境によって輝くものになったり過去の痛みを思い出させたりと、自然現象なのにエピソードに上手に織り込まれているところがとても好き。この巧さを分かりやすく伝えることが出来ないので読んで頂くしかないのですが、この本で言えば物語も終わりかけにある「窓に貼られたガムテープの影が、横たわった二つの体の上で交差していた。」とか云う書き方、それまでのあかりと神名の歩みを踏まえ、これからの二人の行く末を想像させて秀逸です。こう云った描写、「きみはポラリス」で更に磨きが掛かっていますので興味のある方は是非お読みください。
| 国内ま行(三浦 しをん) | 16:52 | comments(0) | trackbacks(0) |
「神去なあなあ日常」三浦しをん
評価:
三浦しをん
徳間書店
コメント:「なあなあ」は神去の方言で「まあ適当に」ってな意味。

●本日の読書
・「神去なあなあ日常」三浦しをん/徳間文庫


 お仕事小説自然編、と云うことで林業が舞台です。横浜出身の今時の若者、平野勇気クンが就職が決まらないので先生や親にいきなり林業の世界に売られ(金銭の授受はありません)、訳も分からず携帯の電波も立たない陸の孤島・神去村(かむさりむら)に連れて来られて、考える隙も与えられず林業に従事するお話です。まあ大きな話の流れは皆様の予想通りなのですが、作品を書くときには徹底的に取材を行う著者の小説ですので、細かい表現にリアリティーがあって、主人公と共に林業世界に放り込まれた気分で読めます。

 彼に仕事の上でもプライベートでも大きく影響を与える天恵の林業人・飯田与喜(ヨキ)、雇い主で若いながらも冷静沈着な清人、勇ましいバイク美人の直紀など、個性的で暖かい神去の人々との生活が徐々に主人公を変えていきます……って、なんかこの感想文がすごくクリシェだ。なんでわたしこんな当たり前の表現しか使えないのか。物語としては、現代が忘れ去った自然を敬うと云うことを、爪の先ほどの疑念も挟まず全うし、山を畏敬し山と共に生きる村人の生活を読む内に第一次産業の大切さを再認識しますな。

 そして外せないのは村の大祭の描写です。カタルシスですよ、すかっとしますよ、この章のために小説一本書いちゃってる感じで、著者の筆のノリが違います。素晴らしい。文庫の帯には続編の出版も宣伝されていますので、続きが楽しみです。

 さーて次は「舟を編む」だ。名古屋に出掛けた父が買って来たこの本を見て、母と妹とわたしが異口同音に「でかした!」と言ったと云う……。そんなみんな読みたいんだったらもっと早く買えっつのウチの家族!(俺含む)
| 国内ま行(三浦 しをん) | 04:04 | comments(0) | trackbacks(0) |
「君はポラリス」三浦しをん

●出張中の読書
・「君はポラリス」三浦しをん/新潮文庫


 良かった。これ良かったよ。お勧め。

 出張中になにやってんだ/移動中は本読んでました第三弾にして最終回。このブログ、やたら「三浦しをん 風が強く吹いている」で検索して辿り着く人が多いのですが、需要あるのかしらしをんさん読書感想文? 風強もぐいぐい読ませるお勧め作品ですが、三浦しをんは安定して上手なので何読んでもいいですよ(わたしの中では同じ箱に角田光代と重松清と伊坂幸太郎が入ってます)。

 恋愛短編集です。恋愛小説そんなに好きでないのですが、新潮の夏の百冊ブックカバーの応募券が欲しくて買いました(身も蓋もない)。恋愛小説と云ってもそれぞれ独立して、雰囲気もばらばらな11篇の短編が収められています。再録もあり、収録作中でも最も文芸的薫り高い「骨片」はわたし別のアンソロジーで既読でした。

 罪を犯した男女の暗い繋がりを描く「私たちがしたこと」もあれば、やわらかく楽しく相手を思いやる「優雅な生活」もあり、「冬の一等星」のように無条件に信じる、愛とも言えない強い気持ちもあれば、冒頭と梶尾を飾る幼馴染二人の関係もまた心に残ります。てゆうかこの二篇セットが一番印象強い。ここら辺は三浦しをんの面目躍如たるところですな(と書くとどんな恋愛か分かって仕舞うが)。

 恋愛小説を読んできゅんとしたい人は別ところに行って頂くのでいいと思いますが(いや、きゅんとするのもあるけどね)、気持ち良くまとまった上手な小説を読みたい人にはお薦め出来ます。

 以下、自分内覚書。小説内容に関係ありませんのであしからず。今回は六日間の出張に小説三冊持ってって三冊目を自宅最寄り駅の三つ前で読み終わると云う最適のペースでした。俺見積り上等。てかアメリカとの時差を強制的に解消する為に帰りの飛行機でも成田からの国内移動でも殆ど眠らず過ごすために本を読まざるを得なかったんですがね。読んだ順番も、「君はポラリス」が最後で良かった。「ミノタウロス」が締めじゃ救われん。

| 国内ま行(三浦 しをん) | 05:51 | comments(0) | trackbacks(0) |
「風が強く吹いている」三浦しをん
●本日の読書
・「風が強く吹いている」三浦しをん/新潮文庫


 久し振りに気持ちの良い青春小説を読みました。殆ど素人同然の十人の大学生たちがいきなり箱根駅伝に挑戦すると云う話です。冒頭がいいですよ、コンビニでパンを万引きして走って逃げる蔵原走(カケル)の走りに魅せられた清瀬灰二(ハイジ)は、彼を自転車で追いかけて併走しながら「走るの好きか?」と尋ねるのです。見たい、映像で見たい(映画化しています)。

 行きがかり上、家賃三万円(但しボロボロ)の竹青荘の全支配権を円満に握るハイジに走るフォームを見込まれ、そこに入居することとなった寛政大学一年生のカケル。個性的な十人の住人と新しい生活をスタートさせようとしていたところ、ハイジがいきなり宣言する。「みんなで箱根駅伝に出よう」。陸上経験があるのはハイジとカケルともう一人、その他七人が陸上経験がなくしかもメンバーは補欠無しのぴったり十人。鮮やかにそれぞれのメンバーの個性を引き出し、時に脅し時に褒めて皆を操るハイジに乗せられて、メンバーたちは徐々に走ることに本気で向き合うようになっていきます。

 てゆーかハイジさんが色々と完璧すぎて彼一人に物語を持っていかれますなあ。カケルはいわゆる才能に恵まれた一握りの天才なので、その他のメンバーは彼に驚嘆し、憧れ、またその天才なりの孤独を垣間見て心を寄せていく様がいい言葉を使って描かれています。で、主人公で天才なのに、カケルよりもハイジの方がキャラクターとして魅力的に映って仕舞います。逆に言えば、ハイジを指導者として完璧にしないと素人集団が箱根に挑戦、って無謀すぎるからとも思いますけれどね。あと、三浦しをんはコネタが面白いので、ツッコミとかも読んでて楽しい。

 三浦しをんはかなり昔から箱根駅伝に挑戦する若者たちの物語を書きたいとずっと温めていたようです。以前読んだエッセイに温めているアイデアの骨子が書かれていてそれを今猛烈に読み返したいです。多分「妄想炸裂」だったと思うのですが、今手元を探してもないので臍を噛む思いです。そのエッセイ中の粗筋は、物語として読めるものでありつつも BL(ボーイズラブ。やおい。ホモ物語)としても読めることが三浦しをん自身によって注釈として付けられていて、「風が強く〜」と照らし合わせたくて溜まらんです。あああ、どこやったんだろあのエッセイ。

 因みにそのエッセイを読んでいても読んでいなくても読み取れることとして、カケルとハイジはお互いにお互いを尊重し称えあい労りあいぶっちゃけ愛しあってるんですが、どっちが攻めだか分かりません。
| 国内ま行(三浦 しをん) | 00:46 | comments(2) | trackbacks(0) |
「私が語り始めた彼は」三浦しをん

評価:
三浦 しをん
新潮社
¥ 460
コメント:一人の人物について語ることで紡がれる連作短編集
●本日の読書
・「私が語り始めた彼は」三浦しをん/新潮社 ISBN:4-10-454103-6


 小説上手になったなあ。と言っては非常に失礼になるのですが。

 三浦しをんの小説はデビュー作の「格闘するものに○」と、後はエッセイ「極め道」「妄想炸裂」のみ読んだ事があるのですが、文章が、小説がどんどん上手になっていっているなあと思わされます。この本も連作短編集なのですが、第一話から最終話に読み進むに連れて小説の技巧が上がっているように思えます。冒頭一話は比喩が多すぎて、上手なのですがくどい感じなのが、最終話には適度なバランスになっていて読みやすい。と云うような文章評価はさておき。

 タイトルの「私が語り始めた」の言葉通り、ある一人の人物に関係する人間がその「彼」について語ったり、それぞれの日常生活を過ごしていく中で自ずと「彼」の影が見えたりといった作りなのですが、面白いなと思ったのが、全ての人が「彼」、大学で古代史を研究する村川融に関係のある話をしている筈なのに、その「彼」の人となりや、語り手の「彼」に対する感情がちっとも見えてこないのです。見えるのは、語り手の性格や考え方。つまりは、私が彼について語っている筈なのに、その中心たる彼が空洞なのです。

 そう、全ての登場人物は彼を語ることを通して、自分を語っているに過ぎないのです。

 恐らくこれは作者が意図的に仕組んだことだと思うのですが、非常に成功しています。他人を評価しながら結局は自分しか見えていないという辺りが考えさせます。
| 国内ま行(三浦 しをん) | 15:53 | comments(0) | trackbacks(0) |
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