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評価:
リービ 英雄
講談社
¥ 620
コメント:9.11を初めて日本文学で表したと評価の高い一冊
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●本日の読書
・「千々にくだけて」リービ英雄/講談社文庫
『信じられないほどの傑作である』(解説の沼野充義の言葉より)
信じられないほどの傑作です。久し振りにこれほどの作品に出会えました。米国人でありながら早くに日本に移住し、日本文学作家として活動する著者による、9.11 を描いた奇跡のような作品です。主人公のエドワードが体験する出来事はリービ英雄が実際に体験したことだそうです。
年に一度の帰国で飛行機が米国に着こうとする前、機長が「Sometimes……」で始まる奇妙なアナウンスを行い、飛行機はカナダのバンクーバーに着陸する。アメリカを目の前にして入国は出来ず、テレビは連日世界貿易センターに突っ込んだ飛行機の映像と肉親を捜す人々、大統領のスピーチなど異教徒を弾劾する映像を流し、ホテルの電話室からはニューヨークの妹に電話が通じず、アメリカ行きの飛行機も東京行きの飛行機も飛ぶ目処が立たず、一日一日をカナダと云う縁もゆかりもない国で浪費する様子が淡々と描かれる。
エドワードは既に日本での生活が長く、英語よりも日本語で考え、英語を見ると日本語に翻訳して仕舞う癖もある。母国に帰ると己を「英語で話す自分」に意識して切り替えなくてはならないくらい。その彼が祖国の災害を、米国人としても見れず日本人としても見れない曖昧なポジションでカナダに佇んでいる。
とても冷静な目線で動きの少ない行動を描いているのに、根底にはとんでもない出来事に遭遇し、正に今、全世界が揺れ動いているのを近くで感じている高揚が流れています。喩えは悪いが、台風に遭うときに変にハイテンションになっているのと同じ感覚。その妙な興奮が抑えても抑えきれず行間から立ち上って来ます。
9.11 を描いた表題作に加え、「コネチカット・アベニュー」、「9.11 ノート」を収録し、文庫化に際しては著者の原風景とも言うべき「国民のうた」も併せて収録されています。「国民のうた」は、これはこれで一冊の本になる長さの作品であるので、「千々にくだけて」と並べて評価していいものか迷う奥の深い作品なのですが、著者の過去を踏まえて「千々にくだけて」を読むたすけになる佳作です。