書評・三八堂

のんびり不定期に読んだ本の感想を書いていきます

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「井沢式「日本史入門」講座(5)」井沢元彦
評価:
井沢元彦
徳間書店
コメント:シリーズ完結編、といいつつ続刊があるような感じの終わり方。

●本日の読書
・「井沢式「日本史入門」講座(5)」井沢元彦/徳間文庫


 シリーズ完結編、となっていますが、別に完結した感じでなく終わっています。本当に終わったのかなあ?

 この巻は鎌倉幕府の成立、即ち武士が政権を握るまでの経緯について分析されています。平清盛が権力を握りつつも平家の政治を長く続けられなかったのに対して、源頼朝が立ち上げた鎌倉幕府が、嫡男頼家、実朝が殺害された後も滅びずに続いたことを、天皇と武士の思想の違いのみに留めず、前の巻からずっと述べられている縄文人と弥生人の関係に起源を求めて分かりやすくまとめられています。この第五巻は、他の歴史研究家たちを小馬鹿にした発言も少なく、すんなり気持ちよく読めました。結局は大局を見る人が天下を取るんだね(阿呆っぽい発言)。

 で、鎌倉幕府から始まった(厳密にはそれより前だけれど)武家政治は大政奉還まで連綿と続いた、と云うのは、言われてみればその通りだけどこれを読むまで気付かなかったことでもあります。統治者が変わると政治が断絶しているようについ思ってしまうのだけどそうではなく、武士が政治を動かすか天皇が統治しているかという風に眺めると、鎌倉時代から江戸幕府が滅びるまでは一続きで武家政治の時代なんだなあ、と改めて。

 それと面白かったのは、源頼朝と義経の関係です。どうして戦上手の功労者である義経が頼朝に攻め滅ぼされたか、それはひとえに義経が政治的センスに欠けていたからだそうですが、確かにこれを読むと「ああ、こりゃ攻めたく(責めたく)もなるよなあ」と思います。手紙しか通信手段がない時代は、兄弟の意志疎通も大変です。てか、義経の近くに誰か頼朝の考えを汲み取れる参謀はいなかったのかと。

| 国内あ行(井沢 元彦) | 00:42 | comments(0) | trackbacks(0) |
「井沢式「日本史入門」講座4」井沢元彦

●本日の読書
・「井沢式「日本史入門」講座4 怨霊鎮魂の日本史の巻」井沢元彦/徳間文庫


 文庫落ちしている分としては最新刊です(2010年8月現在)。怨霊鎮魂の巻ですが、「源氏物語」が、勝ちすぎた藤原氏を作品の中で負かして、敵であったその他の豪族の鎮魂を果たしていると云う説は、大塚ひかり氏の「完訳 源氏物語」および林望氏の「謹訳 源氏物語」を読んでいる身としては簡単に頷けませんでした。うーん、どうも眉唾。

 しかし、貴族が自らの手を汚すのを嫌い、その役を武士団に丸投げした為に武士の台頭を許すことになったと云うのは、確かにそうであろうなあと思います。それを崇徳上皇の呪いとして考え違いした、と云うのも、あり得ると思います。

 短めの感想ですが、怨霊と云うものがいかに日本人の思想、そして歴史上の選択に強い影響を与えたかの例示が多い本巻では、特に強く印象に残る『意外な説』が少なかったので、この程度で。

| 国内あ行(井沢 元彦) | 12:26 | comments(0) | trackbacks(0) |
「井沢式「日本史入門」講座3」井沢元彦

●本日の読書
・「井沢式「日本史入門」講座3 天武系vs.天智系/天皇家交替と日本教成立の巻」井沢元彦/徳間文庫


 ご報告申し上げます。先の七夕に子供を出産いたしました。上手く覚えやすい日に生まれてくれてありがとう子供よ。

 と云う事でバリバリ産後で、身体や目を酷使することは更年期の肉体を守る為に厳禁なのですが、身体は上に二人子供がいる為なかなか眠りっ放しと云う訳にもいかず(それでも子供らが保育所行っている間は休めるが)、自己抑制出来る筈の目もこっそり使っている今日この頃です。今回の読書は陣痛と陣痛の間に少しずつ読んでいた、井沢日本史の三巻です。表題は上記のようになっていますが、なんとなく盛りだくさんな内容の三巻でした。

 天武系vs.天智系というのは、前巻から引き続きの、中大兄皇子である天智天皇と、その弟とされる大海人皇子である天武天皇の系譜に隠された謎解きのお話です。本人たちから代は下り、三巻では称徳天皇と僧・道鏡の関係にスポットライトが当てられます。独身女帝の称徳天皇は古来道鏡とスキャンダラスな関係にあったと云うのが定説ですが、これは後世の天武系の歴史書が捏造した関係であり、実際の道鏡は清廉潔癖な高僧であり、称徳天皇は中国の禅譲思想に基づき道鏡に天皇位を譲ろうとした、という新説が述べられています。どひゃ。

 説の真偽については現時点で判断する材料がないので「なるほど、こう云う考え方もあるな」という域を出ないのですが、歴史ミステリー番組を見ているようで面白いです。

 後半は平安新仏教、つまり最澄と空海の持ち込んだ密教から、話は万葉集に続き、天才歌人とされる柿本人麻呂の謎に迫ります(しょうまん君見てますか)。人麻呂は万葉集に多くの歌を残しているのに歴史(正史)に人となりを示す記述が皆無であることの不思議さを推理しています。

 毎巻、歴史学者の視点の甘さを非難する記述が煩わしくはあるこのシリーズですが、読んでいる分には面白いです。今回の MVP 部分はやはり称徳天皇の名誉を回復する前半のくだりでした。

| 国内あ行(井沢 元彦) | 11:34 | comments(0) | trackbacks(0) |
「井沢式「日本史入門」講座2」井沢元彦
評価:
井沢元彦
徳間書店
コメント:食糧事情から日本人のルーツを読み解く/諡号から天皇家に隠された謎に迫る

●本日の読書
・「井沢式「日本史入門」講座2 万世一系/日本建国の秘密の巻」井沢元彦/徳間文庫


 さて出産予定日も迫り、産んじゃったら身体を休ませる為に読書・テレビ視聴・パソコン操作全てを一ヶ月間控えなくてはならない我が実家にて、今の内に掛け込み読書をしているわたくしです。と云う事で井沢本二巻目です。二巻は主に二つのテーマで構成されています。

(1) 食糧事情に見る日本人のルーツと支配
(2) 天皇の諡号に見る隠された確執

 ここ二巻に来て、著者が日本の歴史学者を軽く見ている口調が少々鼻に付いて来ているのと、「○○と推測される」との記述の数ページ後に「このように○○であることが明らかになったので〜」といつの間にか事実のように推測が断定になっている辺りが、読者としても注意せねばならん点かとは思いますが、歴史に対する見方は面白いので取り敢えず読み継ぎます。

 さて内容に付いてです。新しく気付かされたこととしては、上述の (1) の食料についてのお話。現在の日本では北陸〜東北地方が米どころとされていますが、元々稲は寒冷地での栽培に適さない農作物だと云う事。あー、確かにそうだね。これは絶え間ない品種改良の結果と称えられていますが、そもそも品種改良してまで寒冷地で稲を栽培しなくてはならなかったのは何故か。この疑問に著者の推測は「中央権力の強制によるもの、支配の象徴」としており、それは確かにあるかもと思わされます。

 第二のテーマ、諡号に隠された意味を探ると云うところについては天智天皇と天武天皇が俎上に上げられています。「天智」と云ういい漢字で構成された諡号が実は不吉なものであると云う論、そしてその根拠が示されることで、大海人皇子、即ち後の天武天皇が隠したかった天智・天武の関係を新しく推測した論には歴史ミステリーを解明する面白さがあります。著者の推測は読む人の為にここでは明らかにしませんが、斬新です。

 個人的には、日本では天皇の諡号の研究があまり行われておらず、それは漢文の素養がある学者がいないためであり、唯一研究を発表しているのが森鴎外であると云うのが、疑問でもあり嬉しくもある点でした。疑問点は「本当に諡号の研究している人っていないの? 誰かいるだろう誰か」と云うもので、嬉しい点はと云うと単純に森鴎外の著作(っつーか存在っつーか)が好きだからです。

| 国内あ行(井沢 元彦) | 11:55 | comments(2) | trackbacks(0) |
「井沢式「日本史入門」講座1」井沢元彦
評価:
井沢 元彦
徳間書店
コメント:日本固有の精神「和」と「ケガレ」について分かりやすく読み解く。

●本日の読書
・「井沢式「日本史入門」講座1 和とケガレの巻」井沢元彦/徳間文庫


「逆説の日本史」好きの旦那が読んでいる割に、私は一冊も読んだことのない井沢元彦の歴史解説本。何故手に取ったかと云うと、通史ではなく、要点や共通項から日本史を見ると云う事をしたかったからです。それと、サブタイトルに惹かれたんです。私は宗教についての知識がないなあと常々思っていまして、まあ文庫だし読んでみようか、と。

 読んでみて、非常に分かりやすかったです。特にキリスト教についての解説が。今まで旧約聖書と新約聖書、エホバとイエス、カソリックとプロテスタント、キリスト教とイスラム教について、大雑把な理解ではありますが、良く分かりました。結婚式で良く言われる「父と子と聖霊の御名において」の意味するところがやっと分かりましたよ! 丁度読み終えた直後に知り合いのお式に出させて頂いて「おー、言ったー、父はエホバで子はイエス、聖霊は良く分からんけれど精霊で、これらが三位一体なのだなー」と思いました。

 あれ、日本の歴史を読み解く本だった筈が。

 日本の歴史に付いても良く分かりましたよ。何故日本から談合がなくならないのかと言えば、日本の「宗教でない宗教」、話し合いで物事を決定する民族性、いわば「和」を極端に重視する民族性についての解説が納得できる解説で理解出来ました。

 独特の牽強付会な語り口には抵抗を感じる部分もあるのですが、日本の歴史研究家は一時代に特化しすぎて通史で物事を捉えないと云う指摘も、ある面で当たっていると思います。以下、続刊を読んで行きます。
| 国内あ行(井沢 元彦) | 11:48 | comments(0) | trackbacks(0) |
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