2023.05.03 Wednesday
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書評・三八堂のんびり不定期に読んだ本の感想を書いていきます
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2011.08.24 Wednesday
「暗渠の宿」西村賢太
・「暗渠の宿」西村賢太/新潮文庫 誰かこいつに正義の鉄槌を! と呪って仕舞うくらいの勝手無謀ぶり。女の敵です。いつか手酷く懲らしめられればいいのにと念じて仕舞う賢太祭り第三弾読書記録。デビュー作にして野間文芸新人賞受賞作です。あああ、それにしたって腹が立つ。 だって本当に酷いんですよこの人。同居相手を自分の支配下に置かなきゃ気が済まない癖に性格に問題があって仕事は長続きしないし、敬愛する藤沢清三の為には同居女性の両親から三百万円借りている癖に口先で返す返す言って多分返していないし、中卒と云うのを卑下しつつもそこを突かれると暴力で相手を退散させてやると思っているから退かないし、プライドだけ高くてもお金は手に入らんのですよと小一時間説教したい。暴力怖いからしないけど。 一番たちが悪いのは、相手の女性を大切に思っているのに、ふとした表情(ガラスに映った見間違いかも知れない表情)が気になって自分の中で瞬間的に怒りを増大させて勝手に怒り出して因縁付けて暴力振るうところ。すんげえとばっちりですよ、どうして女性が出てかないんだか分からないです。こっぴどくとっちめられればいいのにこの男。 と、作中の著者に怒りを爆発させていても仕様がないのですが、三作続けて西村賢太を読んで気がついたところ。読んでいてたまに「おや」と思うのが、その言葉の選び方。これだけやんちゃな人だから一人称は「俺」が相応しいのに、彼の一人称は「ぼく」。なんか上品に響きますよね。あと、それが立ち食いそばでもそばを描くときは「おそば」。そしてそれを浸しているのは「おつゆ」。おつゆまで残らず飲み干すんですね。それと、ご飯のおかずは「お菜(おさい)」。これだけ駄目人間を描いてまたそれを自覚する表現を盛り込んでいるのに、取り切れない表現の丁寧さがまた墜ち切らないで踏み止まっている最後の衿持を、自覚的でなく示しているようで、いい意味で引っかかりになっています。 うーん、腹は立つけど不思議な作風だなあ。 2011.07.31 Sunday
「苦役列車」西村賢太
・「苦役列車」西村賢太/新潮社 賢太祭り第二弾。芥川賞受賞作です。おおお、巧くなってる、面白くなってる。いや、私小説に起承転結とか話の山場などを求めていいのかどうか分かりませんが、「二度はゆけぬ町の地図」より淡々と書いているのに先を急がせる話の魅力があります。 時期は北町貫多・十九歳。彼の著作舞台ではお馴染みの日雇い人足に出掛ける日々が描かれているのですが、ここで彼は初めてと言っていい友人らしき関係を築く相手、日下部に出会います。専門学校生で、夏休みの間の日銭稼ぎに来ているという同い年のさわやかな好青年に対し、貫多は「いい奴だな」と憧憬を覚え、徐々に親しくなっていきます。しかし日下部のちょっとした所作、態度から自分との生活水準の差や育ってきた環境の差があることがぼちぼち目についてくるに連れて、彼を憎らしく思い違う世界の住人であることを認めるのに腹立ちを覚えるようになっていきます。でもなんだかんだで先輩面してあれこれ干渉はしたく、でも向こうに見下されるような態度を取られるとまた心中で罵声を浴びせるといった、相変わらずの感情振れ幅です。先輩面と言っても日雇い仕事と性風俗のみについて指導しても誇れないと思いますけどね。 陽性の日下部の性格は、いずれ来る筈の二人の友情の破綻を最初っからほのめかしています。今までの作品はひたすら駄目な生活の駄目っぷりを綴り続けていたのが、今作は起承転結があって面白いです。 同時収録の「落ちぶれて袖に涙のふりかかる」はその二十年後、作家として駆け出し始めた頃の貫多四十歳時代です。ぎっくり腰を抱えて這うように生活する数日、川端賞を欲しがり願掛けをしたりしています。生活レベルがちょっと上がっています。少なくとも共有便所じゃない。これはこれで作家の真実っぽく、車谷先生を思い出させます。 2011.07.30 Saturday
「二度はゆけぬ町の地図」西村賢太
・「二度はゆけぬ町の地図」西村賢太/角川文庫 賢太祭り第一弾。芥川賞受賞時にその風貌と「賞金で風俗行きます」と云う旨の発言をしたことで一気に注目を浴びた、今どき珍しい私小説作家です。私小説作家と云うと大好きな車谷長吉先生を思い出すのですが、長吉先生も私小説(わたくししょうせつ、と読むのが正しい)やめちゃったしなあ。 さて、賢太さんです。受賞前から書評家の豊崎由美氏が非常に高く評価しておられたので名前だけは存じていたのですが、読んだのはこの本が初めてです。いやー、噂に違わぬ駄目っぷりですな貫多さんは!(北町貫多。作中での著者の分身) 日雇い仕事で日銭を稼いでは酒と売春に使い果たして全く貯められず、安い下宿の家賃を滞納しては追い出されるのを繰り返しています、現在十七歳。十七歳で酒ってどうなの、と云う野暮は言わないこと。てか暮らしっぷりは既に四十代の貫禄です。この貫多、感情の起伏が激しくて、さっきまで家主に感謝していたと思ったらひょんなことで激高して家主をいつか必ず殺してやろうと思い始めたり、そう思ったらまた別の機会にはしゅんと反省したりするのです。相手に危害を加えようと考えても、ヘタレなので絶対に実行出来ないのが読者には分かっているのです。その真剣な怒りが失笑を誘うという見事な芸風(芸風?)です。感情の振り幅が大きく、波長が短い。周波数高いってことか、そうなのか。 この本には四つの短編が収められています。どれも大体駄目な感じです。しかも一つは警察に拘留されたりもしています。おいおい大丈夫か賢太。 傑作は最後の「腋臭風呂」です。もうタイトルからして強烈なインパクトです。ふと見つけたいい感じの銭湯で人の少ない時間に行くようにしていたら、同じ時間に腋臭の強い男も入ってくるようになり非常な不快感を覚えた話を、デリヘル嬢がこれまた腋臭でそのくせ自分では全く気付いていない鈍感に苛立ち、二つの腋臭の記憶がリンクしていき云々と云う話です。いやもう書いているだけで漂ってくるような気がして不快ですね。しかしこの貫多の感じる不快感が妙なリアリティと悲しさを伴って沁みるのです。なかなか得難い感じです。他の作品も読んでみます。 1/1 |