2023.05.03 Wednesday
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書評・三八堂のんびり不定期に読んだ本の感想を書いていきます
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2014.04.07 Monday
「光圀伝」沖方丁
・「光圀伝」沖方丁/角川書店 ご存じ先の副将軍水戸黄門の物語です。「天地明察」の脇役として読んだ光國がとても格好良かったので、この人の描く光圀を読んでみたくなりました。越後の縮緬問屋を名乗って日本全国を漫遊する好々爺と云うのは後世作られたイメージで、実際は剛毅な名君だったと云うのは常識でしょうか。わたしは文より武に秀でた君主と云うイメージがありましたが、かなり文学、それも詩歌に傾倒した人だったようです。その学問にかける情熱が前半に描かれており、光國がどうして文学に入れあげたか、そして誰とどう出会いどう感じたかの青春部分が非常に痛快でした。 そしてこの本を語る上で外せないのが、彼の「世子」と云う身分についてです。世子、即ち跡継ぎのことですが、光國には同腹の兄がおり生まれた順番が非常に重要な江戸時代だと、次男の彼は兄が死亡しない限り世継ぎには指名されません。しかし兄はちゃんと生きており、領主としての器もあります。「何故、俺なのだ」自分が世子である理由を求め続けて青春を駆け抜けます。今どきのぬるい「自分探し」とは次元が違う、自分の存在意義を求める日々です。この鬱屈を究学の情熱に振り向けた訳ですね。 そして学問を究めるうちにますます「義」を重んじるようになり、次男である自分が義に背いて世子になっている現状、どうすれば長男である兄に義を立てることができるか、このねじれた長幼の順を義の元で元に戻すことが出来るかについて頭を振り絞ります。彼が最終的に見つけた「義」の道には思わず膝を打ち、涙がこぼれます。 後半は藩主となってからの光國の物語です。水戸藩を学問によって隆盛させたい思いで建てた彰義館にまつわる話、後世「大日本史」と呼ばれる史書の編纂、親しい人を次々に見送り孤独になりいく話と盛り沢山なのですが、「天地明察」でも感じたように著者は青春時代を描くのが好きなようで、中年以降の描写はどうも暗いというか淡々としているというか、晩年の言葉通り物語の陰の部分が強まって前半ほど痛快ではありません。そうではありつつもクライマックスへ向かって物語が雪崩落ちていく様は「すごい」の一言でした。本書、最初のページがお手討ち、即ち殺人のシーンから始まるのですが、このシーンに向かって光國が静かに決心していく様は辛いです。辛いけど先を読みたくて止まらない。そこまでで三回ほど泣きましたが、駄目押しでまた涙出ました。二人の男の「義」を両立させる道は果たしてあるのか、と。 因みに先ほどから「光國」と「光圀」を書き分けていますがこの水戸みつくに、壮年期は「光國」の文字を用い、隠居前後から「光圀」の文字を使い始めたとのことです。後者の文字は則天文字と言い中国の女帝則天武皇の作った文字で、国構えの中に「惑」を表す文字が入っているのが縁起悪いと云うことで、国構えの中に「八方」を入れて代わりの文字としたと云う来歴があるとのことです。まめ知識。 あとは更に余談ですがこの本も電子書籍で読みました。角川は「電子特別版」の名の下、「野生時代」連載時の挿画が入れてくれておりそれは良いのですが、電子書籍ってハードカバーを持ち歩かなくてもいい物理的な軽量さがメリットなのに、この書籍データ無駄に上中下と三分冊されていてそれが業腹です。一冊にせいや! 2014.03.07 Friday
「はなとゆめ」沖方丁
・「はなとゆめ」沖方丁/角川書店 ああー角川の電子書籍 70% OFF セールの時に「光圀伝」三巻セットも買っておけば良かったー! と云う魂の叫びはさて置き、「天地明察」が面白かったので手を出した本作は「天地明察」の面白さに敵いませんでした、あくまで私見ですが。でも読んで良かった! 少女漫画雑誌「花とゆめ」とは何の関係もないこの「はなとゆめ」は、「枕草子」で著名な平安時代の女房、清少納言の半生を描いた小説です。 枕草子は高校古文で取り上げられていた部分のみ飛び飛びに読んで通読はしていませんが、この小説全体が枕草子に収録されなかった下書き原稿を口語訳したかのような印象を受ける文で読んでいて不思議な気分になります。昔宮中で鳴らしたおばちゃんの回顧譚を聞いている感じ。読む前は知識として、藤原道隆・中宮定子・清少納言陣営はいずれ、藤原道長・中宮彰子・紫式部陣営に負けることを知っており「定子は気の毒、小納言うざい」くらいの適当な印象しか持っていませんでした(ひど)。ですがこの小説を読んでその気持ちが「中宮定子すげえぇぇ!」に変わりました。 と定子を褒めつつ、主人公で語り手でもある清少納言にはどうにも感情移入しきれませんでした。理由は以下二点です。 ・清少納言の言動に、アピール強すぎる感や小手先の小賢しさを感じて好きになりきれない ・彼女の主君たる中宮定子がいずれどうなるのか知っているので、感情的に防護線を張って読んじゃった 前者について、小納言は生意気に思われやすい態度を自覚しており、自身の生い立ちや定子への思いがこういう言動の由来であることを文中に繰り返し述べています。が、どういう理由があってもわたしは「身近にこの人がいたら鼻に付くだろうなー」と思っちゃうので、つまりはわたしの好みの問題です。殿方からの手紙への意表を突いた返しや漢文の素養を基とする言動も、全ては主君である中宮定子に心酔し彼女の存在を盛り立てるためなのです。とは言えやっぱり嫌味な印象は受けるよなあ。 後者は、例えばどんなに血沸き肉踊る小説でもそれが会津白虎隊の物語ならば後半読み進めるのが辛い、みたいな感覚です。「来るぞー、不幸が来るぞー」と思いながら読むので、肩入れし過ぎて辛くならないように一歩引く感じ。この辺りは飯島和一先生の「出星前夜」を読んで検討します(天草四郎の話)。 内裏に於いてこの世の「華」を目にし、完璧な主君である中宮定子に一目置かれて彼女を守り抜く決意を固める小納言。一人の人間を愛し抜く「夢」を心に据えて戦い抜く物語は、華やかな平安絵巻と言うよりは、一人の偉大な王とその忠臣の物語です。 2014.02.12 Wednesday
「天地明察(下)」沖方丁
・「天地明察(下)」沖方丁/角川文庫 あああー「光圀伝」も買っとけば良かったー、Kindle の角川書店本 70% OFF の時に! と云うことで面白かったです「天地明察」。どれくらい面白かったかと云えば、映画化した同作を借りに TSUTAYA に走ったくらい。上巻で打った布石が下巻で効果を発揮すると云う流れが、春海の碁打ちと云う職業にシンクロしてとても気持ち良く読了しました。 春海は二十代から三十代に掛けて積み上げてきた天体観測と暦についての仕事の集大成として、天皇に改暦を上申します。八百年でズレが生じて使いものにならなくなった今の暦から、より正確な授時暦への切り替え。改暦は日本国中の農業、宗教、経済等に多大なる影響を及ぼすため、おいそれと切り替えは出来ません。新しい暦、即ち授時暦の確かさを証明するため春海は二つの暦で蝕の予報を照らし合わせる五番勝負を行います。 北極出地で日本全国を巡り歩いた時の師である建部、伊藤の夢を引き受け、神道の師である山崎闇斎の教えを守り、自分を見い出し引き立ててくれた保科正之と水戸光圀に報いるため、春海は人生を賭けた勝負に出ます。 青春小説であるためか、春海の晩年はさらっと、本当にさらっと流されるだけでちょっと食い足りない感じもしました。が、人間にはきっと人生で一番の「勝負時」があり、彼の場合はそれが壮年期だったと考えればこれでいいとも思います。とにかく、気持ちの良い小説でした。 2014.02.05 Wednesday
「天地明察(上)」沖方丁
・「天地明察(上)」沖方丁/角川文庫 これ、文庫も上下巻合冊で良かったんじゃないかなあ、単行本みたいに。 吉川英治新人賞と本屋対象は伊達じゃないですね、大変面白いです。江戸時代に生きた渋川春海の生き様を描いた小説です。主人公の渋川春海は囲碁の名家に生まれ、お城碁と云って幕府の重役に碁の指導(指導碁と言います)を行う役職にあります。囲碁の腕を磨きながらも定石を守りデモンストレーションの域を出ない指導碁に情熱を見いだせず、かと言って決まりごととして碁打ち同士の真剣勝負を行うことも許されていない身の上の彼は、持て余した情熱を多方面の趣味探求に向けます。その中で彼の心を捉えたのが算術。今で言う数学の問題解き、そして新しい問題の作成に情熱を傾けます。 上記の行動で渋川春海が血気盛んで若さ故の情熱を持て余している人物かというと実はそうではなく、わりと淡々と実直にやるべきことをこなし、囲碁に関する上昇志向にも欠ける感じです。そしてとぼけていていい人。この愛すべき若者は、難しい算術の問題を一瞬で解いてしまう「関」なる人物の名を知り、まだ見ぬ同年の彼に畏敬とも執着とも言えない複雑な感情を抱き、自分の作った算術の問題に向き合って欲しいと云う心からの願いを持ちます。 変態ですな、一種の。数学的変態。非常に稀な感じの。 上巻では、そんな春海が憧れの「関」さん(誰だか明白なのですが敢えて伏せます)と算術のやりとりを行う内に、幕府から意外なお役目を与えられて全国行脚する様子が描かれています。指導碁ではないお役目の裏には何があるのか、春海ならずとも興味が沸き、それが徐々に明らかになっていく様がページをめくる手を止めさせません。 この小説なにが良いって、春海が感じる「時代が動くこと」「自分に課せられた大きな役目を果たすこと」「時代を俯瞰すること」の途徹もなさとそれに立ち向かう高揚感がたまらないです。時代を変える巨大事業、それを成し遂げんとする若さと可能性。気持ちのいい青春小説です。 一年三ヶ月を越える全国行脚を経て春海が身に付けた武器を手に、下巻ではいよいよ徳川の世を変える事業が始まります。春海は恩人の期待に応えられるのか、事業は春海が生きている内に成し遂げられるのか、関さんとの勝負の行方はいかに、乞うご期待! ……やっぱこれ、分冊にする意味無いと思うなあ。 1/1 |