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書評・三八堂のんびり不定期に読んだ本の感想を書いていきます
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2010.12.10 Friday
「おぱらばん」堀江敏幸
●本日の読書 堀江敏幸先生の文章が大好きです。気品と知性にあふれ、俗でなく、慎重で思慮深い。この三島由紀夫賞受賞作も質の高い短編、というか随筆に近い掌編が十五本収められています。著者が現実に体験したことばかりを描いているようにも読めるのですが、小説なのか随筆なのか、体験なのか想像なのかを追求することは無意味に思えます。 不思議な短編集でした。読んでいる途中は「うーん、さっきの一本は凝り過ぎていたから、今読んでいるこれが一番好きな作品だなあ」「いや、やっぱり次のこっちの方が……」などと、お気に入り作品が次々に移ろっていきます。読了後の今、敢えてお気に入りを挙げるなら表題作の「おぱらばん」ですが、これは川端康成短編賞受賞の「スタンス・ドット」(「雪沼とその周辺」収録)と構造が似ている気がするし、著者同様原作を愛してやまない(というほどフリークではないが)ヤンソンのムーミンが登場する「のぼりとのスナフキン」もいいけれどちょっと出来すぎている気もするし、と気に入る箇所を挙げていけばキリがありません。どれもそれなりに好きなのであろうと思います。 読んでいて気付いたちょっと苦手な点。わたしはフランス文学に限らず世界文学を殆ど読んでいません。ですので作中にぽんと登場する有名らしいフランスの文学者や詩人を当然知りません。当たり前のように「その作品に登場していたのは(皆さんご存じのあの有名な)、○○であった」という風に書かれていると「え、し、知らないのわたしだけ? 教養低い?」と不安にさせられます。読者を選ぶとまでは言いませんが、わたしが選ばれない読者であると思わされるのでちょっとシュンとします。でもこの高潔な文章は憧れなので、追い縋って読み続けるのですけれどね。「めぐらし屋」も「ゼラニウム」も買ってあるよ! 2010.08.06 Friday
「もののはずみ」堀江敏幸
●本日の読書 2010.08.04 Wednesday
「一階でも二階でもない夜」堀江敏幸
●本日の読書 2008.11.04 Tuesday
「いつか王子駅で」堀江敏幸
・「いつか王子駅で」堀江敏幸/新潮文庫 王子駅界隈に住み、たまに大学で講義をして糊口をしのいでいる主人公とその周りの人々の生活を淡々と描いた長編小説。事件も劇的なことも何も起こらないし最後まで明らかにならない伏線もあるのに、読後感が良いのは何故? おそらくは作者の抑えた筆致が自分の好みに合っているからだと思います。 主な登場人物は行きつけの居酒屋「かおり」の女将と常連客の正吉さん、大家の米倉さんと娘の咲ちゃん、古本屋の筧さんくらいです。皆がみな干渉し合わずに日常を過ごしているようにも見えながら、少しずつ動いていく様子が丹念に描かれています。作者は本当に電車と競馬が好きなんだろうなあと思います(この作品を書くための取材であれば凄い。でも「回送電車」と云う随筆集もあるから、電車は本当に好きなんだと思われます)。 作中に、主人公が古本屋で購入した本を読み進めていくくだりがあります。時々に挿入されるその瀧井孝作の作品のしんしんとした感じがまた、静かな王子駅周辺の生活の雰囲気を高めています。万人に諸手を挙げてお薦めできる種類の本ではありませんが、エピソードの繋がりが細い絹糸で編みこんだように別の場面ですっと入って来たりするのを読むのは快感です。こう云うのが「小説」だと思います。大好き。 2007.09.22 Saturday
「雪沼とその周辺」堀江敏幸
・「雪沼とその周辺」堀江敏幸/新潮文庫 ISBN:978-4-10-129472-8 完璧だ。どうやったらこんな完璧な短篇小説が書けるんだ。 堀江さんはこの一冊で川端康成文学賞(短篇部門)と谷崎潤一郎賞、木山捷平文学賞の三つの賞を受賞しているのですがさもありなん、素晴らしい短編集です。特に「スタンス・ドット」(川端賞)と「送り火」、あと「イラクサの庭」も良かったなあ。「送り火」は悲しい話なのですが非常に感銘を受けたので旦那に読ませたところ、2006年の大学入試センター試験の小説で出題された作品だそう。センター試験もいいところに目ぇつけるなあ。 この小説の何が良いかと云うと、文章の密度です。密度と言っても飯嶋和一氏のような歴史的裏づけがある(ように思わせる)重くてねっとりした、登場人物の試行錯誤が詰まっていると云う意味の密度ではなく、淡々と書かれた文なのに語られている人物の来歴から嗜好まで悟らせて、その人となりを読者に印象付ける事に成功していると云う意味での、密度の高さです。ああ、読んで頂かないと分からない。あたしの文章じゃ拙すぎる。 この「雪沼とその周辺」は、架空の町である雪沼とその周辺に暮らす人々の生活の一部を切り取った小説です。この雪沼とその周辺の人々は、古き良き時代に無理せず馴染んでいる人ばかりで、古い機械を大切に使い、隣近所との交流を大切にし、かといって人の過去を掘り起こすような事はしない、謂わば「現実味のある理想郷」に暮らしています。解説で池澤夏樹氏も書いていますが、この機械・装置・道具と云うのが各短篇の重要なモチーフになっており、物語に血といのちを与えています。そしてもう一つの特徴ですが、どの短篇も人によっては尻切れトンボの印象を受けるところで終わっています。そこがいいのです。大体昨今の物語は落ちを求め過ぎるのです。読者の想像に委ねる、ないしはこれまでの流れから当然落ちるだろうところに落ちるのを想像させる、そう、余韻が素晴らしいのです。 購入は文庫でしたが、ハードカバーで買い直し、いつまでも手元に置いておきたい作品です。ああいいものを読んだ。 2004.11.21 Sunday
「熊の敷石」堀江敏幸
・「熊の敷石」(堀江敏幸著)講談社文庫:ISBN:4-06-273958-5 堀江敏幸はこの作品で芥川賞を受賞しています。2001年の事です。さて何で今更堀江敏幸かと言えば、この受賞の際に新聞に寄せていた手記の文章が非常に端正で気になっていたからです。三年越しです。単行本を買えば良かったのですが文庫まで待ち、待った上で書店を巡ったら何処の本屋も置いていないと云う体たらく。本屋怠慢。 表題作の「熊の敷石」がやはり見事なのでありますが、どこがどう見事なのかと言いますとモチーフの使い方です。物語に出てくる小道具や会話や状況や思い出が一度きりの使い捨てでなく、忘れそうな頃にもう一度形を変えて登場し、それが話しに彩りを与えているその手法。見事です、端正です。 作者は明治大学の仏文学部助教授だけあって三つの短篇の二つまでは仏蘭西が舞台となっています。表題の「熊の敷石」も仏蘭西のことわざでちゃんと意味があるのですが、「熊の敷石」の説話に辿り着くまでに主人公が過ごした時間に無駄がありません。言いつつも冒頭部分などは些か退屈に感じられるかもしれませんが、この文体に慣れるまでの散歩です、ちゃんと読みましょう。 ある程度教養がある人が読むと更に楽しいと思います。そう云った意味では読む人を選ぶかも知れません。 1/1 |