書評・三八堂

のんびり不定期に読んだ本の感想を書いていきます

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「山の音」川端康成
●本日の読書
・「山の音」川端康成/岩波文庫 ISBN : 4-00-310814-0


 新潮文庫でなく、岩波文庫の改版で買う辺りが自分の厭らしい矜持が見えてアレな感じです。そもそも「やまのおと」か「やまのね」か知らないで読んでいる時点で駄目です。多分「やまのおと」なのだろうなあ。

 恥ずかし乍ら、川端康成の著作を読んだ事はありませんでした。この「山の音」は十六の「○の○」で統一された表題の、散文的な短篇で成り立った長篇です。端正な文章で、第一章の「山の音」の冒頭を読んで購入を決めました。抜粋するにしては長過ぎるので各位手に取ってお読み頂ければ幸いですが、時間は動いているのにときは止まっているかのような描写が続きます。

 主人公は六十歳を過ぎ老境に入った尾形信吾。彼と、息子修一の嫁である菊子の、心と心の触れ合いが話の中心です。所謂嫌らしい感じではなく、全くの他人でありながらお互いを労わり思いやる気持ちが前編に溢れております。しかし信吾は自らの老いを自覚している為、息子夫婦の間に起こるなにくれに関しては気を揉みつつも手出しを遠慮したり、何らか動いて後で「差し出がましかったか」と反省したりと、非常に奥ゆかしい性分です。現実の老人にしては多少理想的に美化され過ぎているきらいはありますが、章が進むのに合わせて季節も進み、その静かな生活が「美しい日本の私」、川端康成の筆により描き出されます(なんかこの文章、我乍ら調子に乗りすぎ)。

 印象深いのは、時折挟まれる信吾の夢が現実の菊子への愛情を歪んだ形で象徴したものであったり、友人の形見分けで手に入れた能面に接吻しようとするくだりや、死の床につく友人からの依頼などの、老人の、ともすれば老醜とも見られる数々のエピソードです。何と言うかこう、普通の事なのに普通でないと云うか、全てがさみしい雰囲気であると云うか、上品でありつつも醜さを内包していると云うか、読んだ人にしか分からない雰囲気があります。

 そう、しずかでさみしい。

「伊豆の踊り子」も「雪国」もすっ飛ばして「山の音」を読んで仕舞ったのですが、是非遡って先二作も読んでみたいと思います。しかし川端康成がノーベル文学賞を受賞していると云う事はこの作品も英訳されていると思うのだけれど、この「山の音」初章の冒頭部はどう翻訳されているのか非常に気になります。日本語にしかない言葉のアクセントと丁寧語に絡んだエピソードなのですよ。
| 国内か行(川端 康成) | 16:13 | comments(0) | trackbacks(0) |
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