書評・三八堂

のんびり不定期に読んだ本の感想を書いていきます

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「四十日と四十夜のメルヘン」青木淳悟

●本日の読書
・「四十日と四十夜のメルヘン」青木淳悟/新潮文庫

 どうでもいいですが本日誕生日です。三十三歳になりました。おめでとう自分、そして未だお世話になりっ放しの両親に感謝。育ててくれて(そしてわたしの子供も育ててくれていて)ありがとうございます。誕生日記念更新。

 ですが、この小説、分かりませんでした。これが純文学と言われればそうですか、そうなんですかと問い返したい気持ちになるのですが、それは恐らく笙野頼子作品を読む私に対して旦那がやりたいことなんだろうなあ。つまるところ、何が文学で何を面白いと思うかは人それぞれである、と。うわあ、身も蓋もない結論。

 この文庫には野間新人文学賞受賞作である表題作と、「クレーターのほとりで」と云う二作品が収められております。どちらかと云うと表題作の方が理解可能で、表現の手法として面白いと思いました。ここで言う「理解可能」とは、新しい表現として面白みがあり、登場人物(或いは著者)が何をやりたいかなんとなく分かるような気がする、と云ったぼんやりした「理解」であり、好みとか読解力の問題です。完全理解は出来ません、わたし。

「四十日と四十夜のメルヘン」は、七月四日から七月七日の四日間の日記を繰り返し書き続ける主人公の話です。以降はあくまでわたしの理解ですが、この四日間をチラシに繰り返し書くことが、主人公の小説の師の著作にある、修道士が綴った七年分の日記をカード化したメモと対を成しています。片や四日間を記した紙きれ、片や七年間を記した紙切れ、同じ紙切れだが一枚が持つ時間の密度が異なっていて、それが……それが何を表わしているのか分からんのですよなあ。もう少しでつかめそうな、分からない何か。ちょっと消化不良。

 併録の「クレーターのほとりで」は奇抜な人類創世譚ですが、不思議なその生命たちが物語前半部分では星座や短歌を発明して創世譚らしいのですが、後半それらの生命体が発掘される段になると何だか難しくて訳が分からなくなります。しかもその場面展開は急だし。その生命体も、あるところではやたら人間らしいのに、あるところでは生後一か月で立って歩いたりとおよそ人間らしくない支離滅裂さが面白くもあり、分からなくもあり。

 二編に共通する感想としては、物語が急速に集結していく部分に気持ちのよさ、カタルシスを感ずることもありましたが、全体として何を成したいかわたしには難しかったです。うーん、分からん。

| 国内あ行(その他) | 11:06 | comments(0) | trackbacks(0) |
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