書評・三八堂

のんびり不定期に読んだ本の感想を書いていきます

「ミノタウロス」佐藤亜紀

●出張中の読書2
・「ミノタウロス」佐藤亜紀/講談社文庫

 出張中になにやってんだ/移動中は本読んでました第二弾。前々から気になりつつ読んだことのなかった佐藤亜紀。ピカレスク(悪漢小説)と云うことで、庶民的な読後感想で申し訳ないが「この時代に生まれなくて良かったー、わたしも、家族も、子どもたちも!」と云うのがまずありきでした。男性だったら大体が死ぬし、女性だったら大体が犯されて、運が悪けりゃ死ぬと云う、死にまくりの話です。時代背景のせいかなあ、にしても死にすぎる気がする。

 話が残虐だとどうしてもそっち側に気持ちが引っ張られてしまうと云うか、嫌悪感が先に立つのですが、第一次大戦前後のウクライナ(付近)が舞台。地主の二男に生まれた主人公は放蕩で、何もなければ地主になる筈が戦争の影響で家がなくなり流浪のゲリラになります。主人公の独白で話は進むのですが、まあこの主人公が鹿爪らしく小難しいことを色々言いつつもうろうろしているだけで特に凄くも何ともない。解説には小説のリリックとしてよくある「信頼できない語り手」に対して、この主人公は「信頼できる語り手」であると述べられていたんですが、偉そうなこと言っておきながら凄くも何ともない人間って辺り、わたしはこの主人公を「信頼出来ない語り手」と受け止めて仕舞いますなあ。

 だって、主人公は高等教育を受けて趣味のいい小説を読んだりしている自分を庶民とは違う高い位置に置いて語っており、少年ゲリラになってからも自分以外を小馬鹿にした語り口ですが、どう見たってこの主人公、役立たずですから。運良く生き残っているだけですから。

 とは言え、物語の語り口は重厚で、深い知識でその時代を描ききっています。例えば、生活用品ひとつ出すにしても、この時代はどういう名前だったか、どういう材質でどの程度の生活水準の人が持てたか、と云ったことはよほどきちんと調べないと書けないと思います。そう云うこともさらっとした描写で知識の出し惜しみがない。武器にしてもそうです。この時期の東欧で威力を発揮した戦争用の道具は何か、兵士としては幼い主人公たちが生き残るにはどういう勢力圏内で誰に与し、どんな武器でどう戦うか、そこをごく自然に描いて読ませる筆力はすごい。

 物語の前半は家族、殊に兄との関係、後半は兵士として行動を共にするウルリヒと云う少年兵(のちにもう一人加わる)との関わりが強く印象に残ります。何だろう、この得体のしれない不気味さ。同じ人間なのに気持が交わらずそれぞれに生きていて、でも表面上は調和を保っている感じ。そこをあえて踏み込まず見る主人公の客観性(でもその視線が正しいかと云うと、最初に書いたようにわたしには「信頼出来ない語り手」に思える)。この物語の魅力を簡単には表現出来ませんが、なんかすごく気になる。読了後一週間経ちましたが、何かが心に引っ掛かったままです。

| 国内さ行(その他) | 05:40 | comments(0) | trackbacks(0) |
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