書評・三八堂

のんびり不定期に読んだ本の感想を書いていきます

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「工場」小山田浩子
評価:
小山田 浩子
新潮社
コメント:幻想不条理純文学

●本日の読書
・「工場」小山田浩子/新潮社

「穴」で芥川賞を受賞した著者の第一作。久し振りに本格純文学(と云う表現は変ですが)を読みました。なんだろう、妙な空間に誘われて変な迷路を行ったり来たりさせられた挙句、見たことのない広野に放り出されたような、でも空を見上げると心地いい気持ちになるような。……いや、全然分かりませんねこんな感想じゃ。端的に言うなら、現実世界を舞台にしているようでありながら幻想的で不条理な小説です。

 個人的な身の上を申し上げますと、わたしは界隈では大きいとされる工場で働いております。部門が異なるとどれくらいの人数の誰がどんな風になんのために働いているのか知りえないくらいの規模の工場です。だもんで工場全体が街を形成している表題作「工場」の雰囲気が体感として分かると云う恵まれた(?)身上ではあるのですが、それでも本書に登場する工場はおかしいし、そんな場所でのあんな仕事はご免被りたい。いくら地元では「工場」への就職が栄誉であるとしても。

 主人公の牛山さんは工場で契約社員として働き始めますが、業務内容はシュレッダー係。毎日決まった時間に運ばれて来る書類の山を次々にシュレッダーに掛け続ける仕事です。シュレッダーは一人で複数台持ちして、同僚四人と共に働くのですが、何の技能もいらないし替えの効く仕事で何やら不気味です。ところ変わって古笛さん(ふるふえさん、と読む)は同じ工場で働く男性ですが、工場緑化計画としてたった一人で工場内に苔を用いて緑化を推進すると云う仕事を与えられます。しかしどこをどう進めればいいかは非常にぞんざいで「あなたのペースで」としか言われず、緑化は遅々として進みません。でも何も叱られないし急かされない。また別の人物、牛山さんの兄の牛山さんは同じ工場で校正係をしています。毎日運ばれて来る校正が必要な書類に赤を入れていますが、やたら古い書類の校正が来たり、以前校正したものがまた少し変わって校正に戻ってきたりします。校正に署名は必要なく、校正そのものへの必要性に疑問が生じる業務です。そんな妙な仕事を含んだ工場には、工場独特の黒い鳥が群生しています。どうやらウであるらしいその鳥は密集してただ静かに工場内の河原に立っています。その数は近年増えている模様。

 どんでん返しも起承転結もあるようなないような話ですが、改行も殆ど無く密集して書かれたその文章は(そう、まるで河原に居るウのように)、自在に時間と空間を行き来し我々を不思議な工場に誘い込みます。不要な業務で生じるやたらリアルな人間関係の描写がこの不思議な小説のちからなのだと思います。変な工場なのに登場人物はまともで、正に工場の歯車として「工場の勢力範囲内で」日々を過ごす、その奇妙さ。

 併録の「ディスカス忌」と「いこぼれのむし」、これらも良かったです。特に「いこぼれのむし」。こちらは普通っぽく見える企業のある部署での話ですが、どうもこのお話の舞台も先の「工場」の一部署のようで眩暈がします。でもこちらの部署はちゃんとした仕事をしている場所で、仕事が出来たり美人だったり性格の軽い新人だったりやり手上司だったりが登場してそれぞれの心境を独白します。入社四年目の奈良さんは頑張っていますがトロく、それを気に病んでいますがそのトロさが常軌を逸しているのを彼女だけが気付いていません。文中にある人間観察の卓越した描写、的を射た表現が素晴らしいです。話中で彼女が遭遇する出来事は怪奇の類ですが、それが仕事での見えざるストレスによる病気の比喩なのかと言えば、なんかそんな単純なまとめ方していい話でもないんですよね。ところどころリアルな、長い長い夢を読んでいる感じ。癖になる。

 起承転結のきちんとしたお話が好きな人には進めにくいですが「純文学ってなんだろう、読んでみたいな」と思っている向きには、近年で一番進めたい一冊です。

JUGEMテーマ:小説全般
| 国内あ行(その他) | 23:42 | comments(0) | trackbacks(0) |
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