書評・三八堂

のんびり不定期に読んだ本の感想を書いていきます

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「業柱抱き」〜車谷長吉先生を偲ぶ〜
評価:
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コメント:合掌。

 敬愛する車谷長吉先生が 2015 年 5 月 17 日、自宅にて誤嚥性窒息のために 69 歳で亡くなられました。ご冥福をお祈りします、と云う言葉をあまり喜ばれないお人柄であるように思いますが、ご冥福を心よりお祈り申し上げます。長吉先生らしい最期なのかも知れません。

 遡るに、車谷長吉先生との出会いは 2002 年、わたしが会社に入社した年だったと思います。ふと立ち寄った本屋で「業柱抱き」の文庫版が開き置きされており、その表紙に描かれた幼児の手のものになる人物の顔の絵が暗く重い書名に比して無邪気で、そのコントラストの差が醸し出す「いびつさ」に無性に惹かれて手に取ったのが最初です。本は「業柱抱き」と云うタイトルの詩から始まり、私は一瞬にしてその淀んだいびつな世界に魅了されたのです。全文引用します。

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「業柱抱き」車谷長吉

青銅時代の夏、私はくちなわが交尾しているのを見た。
田んぼの畝と畝のくぼみで、しめやかに、
尾と尾を重ね、一本の線につながっていた。

金貸しの祖母が、叔母に言うていた。
「何え、その物言いは。言うとくけどな、
あんたそななこと言よったら、言ようようになるわ。」
叔母が庭に盥を持ち出して、
血みどろのズロースを洗濯していた。
去年の七夕さまの晩、水に星を映し見た盥だった。

相撲を見に行けなかった人や、
蒸けることしか考えなかった田舎博打奕、あるいは、
化粧品の函の中で尺取虫を飼っている、疣だらけの女の子がいた。

流れ者の女が村に棲みついた。女は物喰うために町場へ出て、
客と乳繰り合うていた。
ある夏の午後、自宅の便所の中で惨殺された。
駐在所の巡査の白い自転車が、道端の青草の中に倒れていた。
「鉈で頭立ち割って、言葉取り出そうとしたんやと。」
私は庭井戸の底に鯉を沈めた。

古い柱時計の針が、停ったままになっていた。
それを見た行商の薬屋が「恐ろしい。」と訴えた。
中二階の納戸の中で、私の欲望しない烏揚羽の標本は、
愛の自白がしたくてうずうずしていた。

麦の秋が来た時、父は柱を抱いて狂人になった。
その日の長い午後、土間の甕の底にどぜうが静まり、
母は厨の板の間に両手を突いて、
あしうらを見せていた。

鹽壺の中に、鹽が匙を喰い込んで、
石になっていた。
銭売りの家の「帳面をする。」部屋だった。
銀の匙の柄が、青黴を吹いて、蓋の凹みから出ていた。
叔父が納屋の土間で壺を打ち摧いた。
けれども、鹽の固まりは匙を噛んでいた。

自転車の後ろの乗せられて嫁に行った、
叔母の生涯は逆剝げの爪だった。
白目の光る人になった叔母は、
「誰からも愛されんな。」とわめきながら、
失われた時に迷うて逃亡していった。

血迷う指が、人形を愛撫しているうちに、
あやまって髪の精にふれたので、
私は生涯「私」にふれることの汚さに、
うめくことになった。
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 即座に本を抱いてレジに進み、以降わたしは車谷長吉先生の本をぽつりぽつりと購入しては時を置いて読むということを続けており、と言っても最近は積むばかりであまり進まなかったところにこの訃報です。秋を過ぎても生きていたカブトムシの武蔵丸が精液を詰まらせたのを濡れた脱脂綿で丁寧に拭き取って世話をする嫁さんに「嫁はんは私との性交のあとでは、そんなことは一遍もしてくれたことはないのであるが。」と書いてみたり(「武蔵丸」)、「小説に悪く書かれた」と訴訟を起こしてくる人に対してどう考えているかと云う新聞取材に「品性卑しい行いである」と返したり、直木賞に落選した時には選考委員九名の名前を書いた白紙の人形を五寸釘で「死ねッ」と深夜の神社で公孫樹に磔にしたり(日野啓三が亡くなった時は長吉先生の呪いが効いたのだと思ったものです。因みに件のエピソードは文春文庫「金輪際」の「変」に収録)、とかく人間の汚さとゆがみといびつさを余すことなく書き下したその濃度の高い文章に、わたしは惚れ込んでいました。

 いびつ。

 そのいびつさを隠そうとする人間の所業が更に新たなるいびつさの元になる。人間であることに由来する業の深さを文章に表されて、わたしは恐れながら惹かれずにいられなかったのです。世間には車谷先生のお名前を存知ない方も多くおられると思います。客観的には直木賞を受賞し、豊川悦史と寺島しのぶで映画化もされた「赤目四十八瀧心中未遂」が書店に並んでいる確率も高く入手しやすいと思いますが、個人的には「忌中」がお勧めです。

 車谷長吉先生、あの世でもしたたかにお過ごし下さいませ。合掌。
 
JUGEMテーマ:小説全般
| 国内か行(車谷 長吉) | 22:21 | comments(0) | trackbacks(0) |
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