書評・三八堂

のんびり不定期に読んだ本の感想を書いていきます

「穴」小山田浩子
評価:
小山田 浩子
新潮社
コメント:これはすごいはなしやとおもう。

●昨日の読書
・「穴」小山田浩子/新潮社


 前作「工場」を読んでからずっと読みたかったこの本。「工場」の魅力は、何を作っているかも定かではない非現実的な独立都市・工場を舞台にしながらも、みっちり詰められたリアルな人間描写のアンバランスさでしたが、その奇妙な世界観と濃密な人物描写がますます磨かれた本作「穴」で、著者は本作品で第 150 回芥川賞を受賞しています。うんうん、わたしも「工場」より「穴」の方が好きだわ。

 夫の転勤に伴い派遣社員を辞めて夫の実家の隣の家、田舎に居を移した あさひ。義母と隣り合う暮らし、車のない生活、暇を持て余す毎日をやり過ごす中で彼女は、道で見たこともない黒い獣と行き違います。その後を追ううちに河原に穿たれた深い穴に首まですっぽり落ちて仕舞い、穴から出られずどうしようかと思案しているところに人が通りかかり……と云うのが物語の出だしですが、別にこの後アリス的な話になる訳でも、黒い獣に襲われる訳でもなく、話は思ったのと少しずれた向きに淡々と進んでいきます。

 著者の文の魅力は、その奇妙なシチュエーションにも拘らず、登場する情景、人物描写、暮らしのこと、そういった諸々が非常に現実的であるある感に満ちていることです。著者の作品を分類するのであればわたしは迷わず多和田葉子と同じ「幻想文学」の箱に入れますが、その「あり得なさに満ちた、日常に肉薄する描写」こそが、この奇妙な話が空へ飛んでって陳腐な空想小説にならないよう地上に繋ぎ止める役目を果たしているように思います。やたらスマホばかりを触る夫、毎日あり得ないほど長時間かけて庭に水を撒く義理の祖父、そして獣を追う内に出会ったある男性、その生い立ちと暮らし……。この男性の存在が物語の要ですが、黒い獣にしろ、男性にしろ、何か彼女の身の上にいつか来る恐ろしい破綻を想像させるところがあります。

 そう、読んでて思うのがこの「何か起こりそう」感。いつか何かとんでもないことが起こるんじゃないかとずっと思わされていて、読んでて焦る。淡々とした文章なのに熱を孕んでいて、その内包されたものをわたしはずっと恐れながら読んでいました。実際何が起こるか/何も起こらないかは手に取って読んでみて下さい。わたしは読み終えてからしばらく、獣は何のメタファー(隠喩)なのかって考えていますが思いつきません。主人公の退屈なのか、苛立ちなのか、矜持なのか、どれも合っているようで、でも獣をメタファーとして捉えること自体が間違っているのかも知れないし……等と延々考えさせられております。

 併録は「いたちなく」「雪のやど」の、二作続きの短編です。「いたちなく」は凄みのある作品で、妻の、または女性の恐ろしいところを上手いエピソードで切り取って描いてあります。うん、上手いなあ。ほんと上手い。

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| 国内あ行(その他) | 01:13 | comments(0) | trackbacks(0) |
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