書評・三八堂

のんびり不定期に読んだ本の感想を書いていきます

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「私の恋人」上田岳弘

●本日の読書

・「私の恋人」上田岳弘/新潮社

 なんだろう、すごかった。人類を巡る壮大な物語でありつつも妄想っぽくもあるような、しかしながら人類の進化について示唆されている気もする文学作品。著者は本作で第二十八回三島賞を受賞しています。三島賞は外れがない文学賞としてわたしの中で定評がありますので、デビュー作の「太陽」から「すごい新人」と云うことで何かと名前を目にしていた著者の作品を受賞を機に手に取って読んだのですが、その魅力を説明するのが非常に困難です。んでも青木淳悟の作品よりはまだとっつき易いと思います(「四十日と四十夜のメルヘン」あれすごく分からなかったので、未だに劣等感)。

 主人公の井上由祐は三十五歳の独身男性ですが、彼は三度目の人生を歩んでおり、一度目の人生は天才的なクロマニヨン人としてシリアの洞窟の中で人類の遠い遠い未来を理論的に予測した長大な論文を顔料で壁に書き付けています。未だにその長文は人類に見付かることなく洞窟の中に残されているとのこと。そして二度目の人生はユダヤ人ハインリヒ・ケプラーとしてドイツに生まれ、ナチスの手により強制収容所で悲惨に餓死させられます。一度目の天才クロマニヨン人生の時に、彼は妄想の恋人について壁に書き付けているのですが、「私の恋人」と呼ばれるその女性は完璧な容姿と利発さを備え、十代は順風満帆に育ちますがその賢さから人権活動にのめりこんで活動のシンボルとして祭り上げられ過激な言動を行うようになり、その後に自らの行いが何にも影響を与えない虚しさに絶望して堕落します。そしてそこからまた賢い女として人生持ち上がっていくのですが、それは全てクロマニヨン人の妄想です。人類の行く末をほぼ正確に記述したクロマニヨン人の妄想にしか生きていない「私の恋人」。

 しかしその恋人の記述は二度目の人生ケプラーにも引き継がれており、彼は未だ見ぬ「私の恋人」の姿を追い求めて夢見がちな人生を送ります。強制収容所で看守に自分が人生を終えるであろう部屋に連れて行かれる間にも、恐怖に震えながらケプラーは、彼の人生で遂に出会えなかった「私の恋人」に語り掛けます。……さて、ここまでの設定記述でどれだけの人がこの本に興味を持って下さってるかがわたくし非常に気になるんですが、このぶっ飛んだ設定が三度目の人生を送っている井上由祐に語られると不思議に面白いし、最初うさん臭く読んでいたのがなんかありそうな気もしてくるから不思議です。

 井上由祐は過去の二人が死んだ三十四歳を超え、三十五歳を無事迎えることが出来ます。そしてそれと機を同じくして「私の恋人」の生き様に最も近いと思われる女性、オーストラリア人のキャロライン・ホプキンスと出会います。キャロライン・ホプキンスはクロマニヨン人が夢想したのとほぼ同じような非常に紆余曲折した人生を経て来ており、井上由祐はこの女性を「私の恋人」として離してはならない存在と感じます。ほら、段々面白くなってきたでしょ、読んでみたくなってきたでしょ。キャロライン・ホプキンスは井上と出会う前にある男性と寝食を共にして旅をしていたのですが、その旅の記述が本書の芯になる内容です。キャロライン・ホプキンスと共に行動していた(正確にはキャロライン・ホプキンスを連れて旅をした)日本人男性高橋陽平は「人類は今三周目に入っている」と言い、人類の一周目、二周目を巡る旅をしています。「は? 何それ?」と思いますよね、これが井上由祐の三度目の人生の話と合致しないまでもなんとなく触れ合っています。高橋が語る三周目の人類の話はなかなか興味深いものです。

 エンターテイメント小説ではないのでカタルシスのある話ではないですが、「こう云うの、ありなんだ」って意味で、うん、面白かった。

 

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| 国内あ行(その他) | 07:43 | comments(0) | trackbacks(0) |
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