書評・三八堂

のんびり不定期に読んだ本の感想を書いていきます

「佐藤オオキのボツ本」佐藤オオキ
評価:
佐藤オオキ
日経BP社
コメント:同い年なんだよなあこの人。


●本日の読書

・「佐藤オオキのボツ本」佐藤オオキ/日経 BP 社

 ずっと「佐藤ナオキ」だと思ってた。「オオキ」だったとは。カタカナから受ける印象で思い込みが修正されないままずっと NIKKEI DESIGN の記事を読んでいたよ。

 本書はデザインオフィス nendo 代表として有名な佐藤オオキ氏の著書。デザイン業界に然程詳しい訳ではありませんが、ひととき佐藤可士和氏(カシワシ。音読したい日本語)が若手の先鋭だった印象がありますが、最近はこの方が有名になってきたように思います。と云うのはわたしが NIKKEI DESIGN の作り出すイメージに踊らされているだけかも知れませんが。代表的な仕事を挙げると、ロッテのガム「ACUO」のパッケージデザインした方です。

 本書の内容は、過去に著者が有名企業とタッグを組んで世に送り出した作品「に至るまでのボツ案」を収録し披瀝したものです。顧客たる企業に提示するモックアップの精度と完成度が高いです。そのまま商品に出来そうなレベルのものもあるように見受けられます。個人的な事情を申しますと、わたしは NIKKEI DESIGN を読んでおりましたんで同誌の情報から著者の代表的なデザインワークを一通り知っている上で読んでおります。故に初めて手に取る人よりは「あー、知ってる」感が強い。ロッテ ACUO も、早稲田大学ラグビー部の復興も、IHI のロゴだけポスターも、ACE の全方位から開くキャリーバッグプロテカも、omni7 も、by N も、関わってヒットしたこと知ってます。うん、一流だよなあ。わたしと同い年なのに。

 にしても最近は企業イメージも含めて「デザイン」の重要性が喧伝されておりますが、著者も含め、デザイン業界で力があるとされる方は大体が企業にがっつり組み込み、企業理念に基づいてゆがみを直したり起業本来のところに立ち返ったモノ作りの支援をしているように思います。顧客である企業を巧く動かし新しい価値観を産み、ある種の企業再生を果たさせるためには、トップの英断や顧客企業内のチームの結束力、やりきる力を引き出すことが必要です。nendo がそれをどうやっているかというと、精度高いデザインとそのモックアップ、あと己らが部外者であるとの割り切りから発想されるアイデアの数で勝負してるとのこと。勿論様々な事情でそれらはボツになっていくのですが、その一度滅びたボツ案が、アイデア検討の途中で復活したり、形を変えて生かされたりするのです。うーん、エキサイティングな感じ。

 企業再生の特効薬みたいな扱いの「デザイン」とは果たしてなんなのだろうとここ一年ほど考えておるのですが、単純にこのような有名企業の成功例を読んでいると「いいなあ」と思います。しかし個人的な身に立ち返るとやっぱり自分の扱う製品には色々と制約があって、果たしてこういった革新的な「デザイン」という嵐に巻き込まれた時に何が出来るのだろう、何が生み出せるのだろう、と考えて仕舞うんですね。うーん、悩ましい(超個人的な締め)。

| 実用書 | 01:26 | comments(0) | trackbacks(0) |
「珈琲店タレーランの事件簿5」岡崎琢磨

●新年の読書

・「珈琲店タレーランの事件簿5 〜この鴛鴦茶がおいしくなりますように〜」岡崎琢磨/宝島社文庫

 シリーズもいつの間にか第五弾です。気付かぬ内に新刊が出ている。コンスタントで非常に宜しいですね。その調子でビブリア堂も新刊早く出て(著者違う)。四作目が番外編的短編集だったので、話が本道に戻ってきて欲しいとの希望が叶って良かったです。ちゃんとコーヒーの薀蓄あるし。サブタイトルにもなっている鴛鴦茶、飲んでみたいもんです。味の想像が出来ん。

 シリーズの中で一番良かったように思います。何が良かったって、構成。連作短編で章ごとに細かな謎を解きながらも通底する謎があり、それは語り手のアオヤマくんが中学生の頃にコーヒーの道を志すきっかけになった女性にまつわるお話です。全6章立てで、前半は思い出の女性、眞子の身の上に関する謎を探偵役の「純喫茶タレーラン」の童顔美人バリスタ・切間美星が着々と解いていきます。

 後半は眞子が傾倒する源氏物語が事件に絡んできます。大塚ひかり氏の逐語訳を読了した源氏好きのわたくしですからそこは「源氏の謎、どれほどのもんじゃい」と一般の人よりちょっと詳しいのを鼻にかけて読みましたが、源氏でも守備範囲外のことが謎に絡んで来ていたので全然分かりませんでした。

 本文に思わせ振りに差出人不明の手紙が挿入されていたり、ミスリードを誘うような記述があったりと、騙されないよう気を付けて読んでいましたが、切間バリスタと同じ速さで真相にたどり着くことは出来ませんでした、残念。

 正直に言うと、表現のそこかしこに肌に合わないところがあるんですが(分かりやすく言えば地の文がラノベっぽく感じる)、アオヤマくんと切間バリスタの関係も漸進しているようですし、シリーズ完結まで読みまする。

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| 国内あ行(その他) | 16:35 | comments(0) | trackbacks(0) |
「本屋さんで待ちあわせ」三浦しをん
評価:
三浦 しをん
大和書房
コメント:本屋さんの中心で愛を叫ぶ。

●本日の読書

・「本屋さんで待ちあわせ」三浦しをん/大和書房

  本年もお世話になりました。来年もどうぞ宜しくお願いいたします。ってもう年明けてんがな! 読了が 2016 年末だったので、年越し前に感想文書こうと思っていたのですが、大掃除していたら疲れ果てて眠って仕舞って書けませんでした。そんな感じの 2017 年ですがどうぞ宜しくお願いいたします(二回目)。つーか昨年は十月からこっち業務に勤しみ過ぎており全く記憶がなくて読書どころじゃなかったんだなあと昨年を振り返っています。ま、全て自分の至らなさとスケジューリング能力のなさ、全体観の欠如が原因なので……って感想文書いてるのに反省をし始めてどうする。この書評集を読んで改めて「ああ、本読みたいなあ、本っていいなあ」と思った矢先ですので、そっちの話を書かなきゃですね。

 小説が上手で読み巧者でもある小説家を挙げろと言われましたらわたしは川上弘美と三浦しをんを挙げます。書評のタイプにもその小説の文壇に於ける位置付けを評したり、表現の鮮烈さを本文を引きながら紹介したり、設定に対する文体を評価したり、着眼点の良さを褒めたりと色々あると思いますが、著者の書評は文章全体から「この本が好きだ!」と云う気持ちが溢れていて、読んでいると紹介されている本が猛烈に読みたくなります。人が全力で好きを叫んでいる作品が結局は一番面白いよなあ、うん。

 新聞だったり雑誌だったり発表媒体によって書評の文体と内容への踏み込みを巧みに調節している感じはありますが、この「すげーよこの目の付け所」とか「この美しい文章が」などの思いを、氏の思い出や身の回りのことを絡めて紹介してあるのが上手。わたしは本書を読んで、丸山健二の名前を「いつか読みたいボックス」に入れましたよ(因みにこのボックスには既に中上健司と吉本隆明と吉田篤弘と松田青子と木下古栗と岡田利規が入っている)。書評集としては二冊目と云うことで、前作の「お友達からお願いします」もいつか手に取ってみたいです。

 あとですね、後書きに書かれている「最近読んで面白かった小説と漫画」が一番面白かったです。ボーイズラブ作品への熱い思いが語られておりまして、本当はこの人これが一番書きたかったんじゃないかなあと思いました。ってゆーか三浦しをん、こんなに沢山の BL 作品読んでてしかも小説上手いなんてずるい。めっちゃずるい。あ、氏の小説でわたしが一番好きなのは、短編集で「君はポラリス」、長編なら「風が強く吹いている」です。絶対外さないと自信を持ってお勧めします、是非どうぞ。

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| 国内ま行(三浦 しをん) | 16:40 | comments(0) | trackbacks(0) |
「コトラーのマーケティング・コンセプト」フィリップ・コトラー
評価:
フィリップ・コトラー,恩藏 直人
東洋経済新報社
コメント:コトラー本の中では比較的リーズナブルで分かりやすい

●本日の読書
・「コトラーのマーケティング・コンセプト」フィリップ・コトラー 著 大川修二 訳/東洋経済新報社

 僥倖にも、マーケティングの父と呼ばれるフィリップ・コトラー教授の講演会を聴講できる機会に与りまして、どうせ聴講するなら事前に予習しておこうとの気概で読みました。講演会までに通読出来なかったのですが、前半分だけでも読めてから参加出来て良かったですと云うのが個人的な感想。著者の本を読んでマーケティングについて知ろうと思うなら「コトラー&ケラーのマーケティング・マネジメント」の方を読むべきだと思いますがその本たっかいし、身近で入手出来たこちらと、あといずれ感想書く予定の「1分間コトラー」で大掴みしたわたしなりの感想をば書かせて頂きます。

  そも、マーケティングとは何ぞや。それは製品の販売とは対極にあるもので、顧客を生み出す技術である。製品があってそれを販売するためにマーケティングを行うのではなく、製品開発の「前に」マーケティングを行って顧客が求めているものを探り出し、そのニーズに適合する製品を開発するのである。企業は単に製品を売ってはならない。経験を売るのだ。

へええええ、そうなんだ。マーケティングって広告とかPRとか販売戦略の仲間の一つだと思ってました。社会人になって何年経つんだって自らにツッコミを入れたいところですが、自分が開発担当だってことに甘んじてあまりその方面の勉強をして来なかったので、今回いい機会でした。本書を読んで色々と誤解していた部分がほどかれ、マーケティングの重要性を認識するに至りましたよ。それと同時に世間での「マーケティング」と云う言葉の扱いや認識間違い、別の意味との混同があまりに多いのが不安になります。そもそも外来語なので都合良く使われて来たと云う背景もありそうですが(あくまで個人的な予想)、すっと入り込む訳語がないのも事実だしなあ。コトラー教授のコンセプトに従えばマーケティングとは「顧客価値創造」と言えるかと思います。マーケティングによって企業は自社の顧客を作り出し、また自社の製品を通じて顧客に価値や経験を提供する、それが健全なる企業活動である、と自分なりに理解しました。違ってたらどうしよ。

  本書はマーケティングに関するキーワードを A to Z で並べ、それぞれについて重視すべきことが解説されています。実在企業の成功例・失敗例をふんだんに交え、またエコノミストや経営者の言説の引用も多くあります。1セグメントが短いので取っ付き易いです。1アルファベット1ワードではなく、例えば「M」であれば「マーケティング」やら「マネジメント」やら「マーケット」やら複数ワードについての解説があります。コンセプトと云いつつ大分長い複数ワードで構成されたタイトルの章もあります。主張は一貫しているので後半では内容がかぶる部分も多くありますが、繰り返し出て来ることはそれだけ重要なんだと思いましょう。業務としてマーケティングに携わらない人も、企業に勤めているのであれば著者の本を一読しておくのは損じゃないと思います。

  肝心の生コトラー教授の講演会ですが、臨場感を大切にしようと同時通訳のイヤフォンを持っていたにも拘らず英語のまま聞いたら三割くらいしか理解出来ませんでした。勿体ないけど、生の言葉の感触を聞きたかったので、まあこれはこれで良しとします。大体本書と同じことを言われていましたよ。

 

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| 実用書 | 20:52 | comments(0) | trackbacks(0) |
「弱くても勝てます 〜開成高校野球部のセオリー〜」高橋秀実

●本日の読書

・「弱くても勝てます 〜開成高校野球部のセオリー〜」高橋秀実/新潮社

 

 あー面白かった。著者独特の淡々としたおかしみ滲む言い回しに何度も吹き出しました。

 本書は、偏差値が高く東大進学率 No.1 の開成高校野球部が甲子園を目指すルポタージュです。開成高校野球部はとにかく野球が下手で普通であれば試合で勝てる筈もないものを、部を率いる青木秀憲監督の独特の打順と独特の指導により、不思議と勝てちゃったりする様を描いています。ゴロはトンネルするし、フライが上がるとぼーっと見て後になって慌てて落下地点に向かって走ったり、キャッチボールで暴投するしで、基本的にみんながみんな異様に下手。ある生徒は「エラーは開成の伝統」と言い切り、「こんなにエラーすると相手が相当油断するじゃないですか。油断を誘うみたいなところもあるんです」とまるで戦略みたいに語る。いや、捕ろうよ。

 ではそんな開成高校野球部の秘密を少しだけ開陳。打順は普通、1番強打者、2番に技巧者、3番〜5番に強打者を置くのがセオリーですが、青木監督は打順を輪だと考え、1番、2番に強打者を置き、以降そこそこ打てる順番に配置。下位打者が出塁した状態で打順が始めに戻ったら「ドサクサに紛れて」大量得点を図る、という戦略です。守備が下手なので点数を取られるのは当たり前、それを上回る得点を一気にもぎ取る作戦で勝ちに行きます。うーん東大の考えることはよく分からん(青木監督は東大野球部出身)。

 しかしその方法論が本書の魅力ではありません。本書の一番の魅力は、著者と野球部の面々の禅問答のような会話です。

――それで野球のほうは成果が上がっているんですか?

 あらためて私がたずねると、彼は真剣な面持ちでこう答えた。

「素振りはやっているんですが、球は前から来るもんですから」

――前から来る?

 当たり前すぎることで、私は一瞬何のことかわからなかった。

「球が前から来ると、素振りと違うんですよね」

 彼の抱える問題は、「球が前から来る」という野球の本質にかかわることだった。

(154ページ)

 野球部でしょ!? 野球部なんでしょ!? なんか色々おかしくない? ……いや、彼なりに野球に真剣に向き合っているからこその問題提起であり、でもやっぱなんつーかおかしい。この会話に限らず、全体的に開成高校野球部の面々は理屈で物事を図り、自分の納得のいく言葉によって言語化されないと動けない。身体を動かすより理論を優先する。それは青木監督も分かっていて、だから指導の言葉が理屈っぽい。この理屈っぽい言葉が開成の生徒には効果があり、だから「ドサクサに紛れて」勝っちゃったりもする。

 この本はもしかしたら、コーチング理論とかセオリーを破ること、着眼点などの参考にするべきものなのかも知れませんが、わたしに取っては会話のおかしさを噛み締める本でした。ちょっと分かりにくい喩えだけど、土屋賢二のエッセイ読む感じ。

 

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| 実用書 | 01:04 | comments(0) | trackbacks(0) |
「瞬間の記憶力 競技かるたクイーンのメンタル術」楠木早紀
評価:
楠木 早紀
PHP研究所
コメント:競技かるたに興味のある人にお勧め。

●本日の読書

・「瞬間の記憶力 〜競技かるたクイーンのメンタル術〜」楠木早紀/PHP新書

 

 まああれだ、わたしはミーハーなので自分が嵌まると分かり易く関連書籍を買ったりそれのことばっかりやったりするのですが、そう今の嵌まりは百人一首、競技かるた。

 先日、こんなイベントに行って来たんです。

「『ちはやふる』と競技かるたの世界」

そこで、楠木早紀永世クイーンの公演を拝聴し、会場で販売されていた本書を購入したと云う流れでございます。楠木永世クイーンは、中学三年生の時に史上最年少でクイーンとなり、そこから連続 10 回防衛、全ストレート勝ち即ち 20 連勝でクイーン戦引退というものすごい経歴の持ち主で(どれだけ凄いかは色々調べると分かる)、現在 28 歳と云う若き天才です。うん、天才。そして可愛いし、講演の説明もとても分かりやすかった。小学校の先生をやってらっしゃるとのことですが、話し慣れている感じでした。「歴代クイーンは不思議ちゃん」という漫画「ちはやふる」の刷り込みがあったのでどんな方かと構えてたんですけどね。でもこれがかるたの大戦になると鬼のように強いんですよなあ。「ちはやふる」に於ける孤高の高校生クイーン若宮詩暢のモデルとなっているように、強すぎて練習相手を務められる人が徐々に減り、自宅で父と個人練習をしていたというのも驚きます。

 楠木永世クイーンがかるたの勝負の時に努めていたのは、暗記をきっちりすること。競技かるたの場には 50 枚の取り札が並べられ、その配置を 15 分の暗記時間に覚えます。競技かるたの段位が上がっていくと取り札(百人一首の下の句が書かれている)を見ると、決まり字(上の句の冒頭数文字)が「見える」ようになります。訓練により 50 枚の札の配置は 3 分から 5 分で完璧に覚えられるようになっており、札の並びを画像として脳内に刻み込むイメージとのことです。競技かるたは「競技」であるが故に、試合が始まると札は減り、また自分と相手の間を札が移動したりします(「送り札」で検索してね)。つまり最初に覚えた 50 枚の配置は刻一刻と変化する訳で、それをその都度瞬時に覚え直し、読まれる札に耳を澄ませて最初の数音、札によっては子音が聞こえた瞬間、該当する札に高速で手を伸ばし取ります。イベントでは永世クイーンの取りを見ることが出来ましたが、手の動きが見えませんでした。覚えたものを即座に忘れ、また覚え直すのの繰り返しです。それをいかに早く、いかに正確に行うかを練習によって高めたことが本書には記載されています。

 サブタイトルには「競技かるたクイーンのメンタル術」と書いてあり、競技かるたをやっていない人にも応用出来るような記憶術や集中法が書いてはあるにはあるのですが、やはり競技かるたに興味ある人やプレイヤー向けの情報が多いと感じます。むしろ興味ある人が「クイーンてどんな凄いんだろう。競技かるたってどんなんだろう」と思って読むととてもためになる。そして「あー、俺には無理やわ」って思っちゃう(かどうかは人によるけど)。

 わたしは小学生の時に百人一首を 20 首くらいは覚えましたが「ちはやふる」読むまで殆どその存在を忘れており、今年に入ってから子どもが小学校の授業で同じく百人一首を覚え始め、子どもに負けるのが嫌で頑張って 100 首全部を覚えたクチです。覚えた、っつっても上の句を決まり字まで聞いたら下の句をフルで言えるってだけで、下の句(=取り札)を見て決まり字を言うのは出来ません。でも本書にあったように

「みんなが言えない百首を覚えた。ひょっとしたら私は、人より覚えるのが得意なのかも!」

と自己暗示がかかるだけでも、勉強や仕事に良い影響が必ず出てくるでしょう。

との言葉を励みに仕事したいと思います。四十歳目前でも新しいことが覚えられた、と云うのは確かに励みになってるよ(覚えるのに毎日朗詠 CD 聞いて四ヵ月半掛かったけどな!)。

 

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| 実用書 | 17:44 | comments(0) | trackbacks(0) |
「珈琲店タレーランの事件簿4」岡崎琢磨

●本日の読書

・「珈琲店タレーランの事件簿4 〜ブレイクは五種類のフレーバーで〜」岡崎琢磨/宝島社文庫

 

 タレーランシリーズ第四弾ですが、特に緩むことなく面白かったですよ。童顔のバリスタ切間美星さんと、彼女とお近付きになりたい別店バリスタのアオヤマ青年。過去三作に出て来たキャラクターも再登場しつつ、タイトル通り短編五つを収めた作です。どれも毛色が違っていて面白かったのですが、理学療法士のための専門学校を舞台にした「パリェッタの恋」がもっとも手の込んだ書き方をされた作品で白眉だったと思います。


 基本的に前三作は、純喫茶が舞台と云うこともあって珈琲に関する蘊蓄がふんだんに盛り込まれたミステリーでしたが、今作は珈琲を少し離れて理学療法士やダーツ、美術に関するモチーフが上手いこと埋め込まれています。珈琲ほとんど出てこない。あと既刊を読んでいる者として少し不思議に思ったのが、アオヤマ青年が美星さんと同じくバリスタであるということが(物語上必要とされない限り)敢えて隠されているのかと思うほど言及されていないこと。それと、苗字がカタカナ書きになっていること。「青山」でいいと思うんですが、なんかの伏線でしょうかね。アオヤマ青年の身上が書かれていないのは初出媒体である「このミステリーがすごい! 大賞作家書下ろしブック」の影響かなあとは思うのですが、なんか違和感あったなあ(複数作家の競作形態だから登場人物の背景は必要ないっちゃないけどね)。

 

 タイトル通り、シリーズの「ブレイク」になっている本作では、美星さんと青山君の仲が進展することは特にないのですが、隙間を埋める番外編としては良かったです。せっかくなら次作はもう一度原点回帰でコーヒーの話に戻って、蘊蓄たっぷりの連作短編集、または長篇にして頂ければと思います。言うだけタダ。

 

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| 国内あ行(その他) | 02:14 | comments(0) | trackbacks(0) |
「ショコラティエの勲章」上田早夕里
評価:
上田 早夕里
東京創元社
コメント:SFから入ったので意外な一作。出て来るもん全部美味しそう。

●本日の読書
・「ショコラティエの勲章」上田早夕里/東京創元社

 著者の本は「華竜の宮」「リリエンタールの末裔」二作を読んでおり、両方とも想像を超えた進化の果てなる種族「魚舟」が登場するSFであったため、本作のような現代を舞台にしたミステリ作品を書いておられるとは意外の一言でした。「火星ダーク・バラード」で小松左京賞を受賞しデビューした経歴からも、異世界を見事に構築する想像力と筆力が(多少失礼な表現になりますが)、良くある普通のミステリだと勿体ないんじゃないかと思ったんですよ。

 ショコラトリー(チョコレート専門店)を舞台にした、読んでいてチョコだのケーキだのがやたらめったら食べたくなる、微に入り細に入った味の描写が堪らんミステリです。人が死なない話で、日常に起こるちょっと不思議な出来事を解決していきます。腕のいい寡黙な男性ショコラティエ、長峰が理知的に不思議の答えを明らかにする探偵役で、でもミステリ的な探偵ではなくて、洞察力のある一般人って感じです。語り部は、長峰がシェフを務める人気ショコラトリー「ショコラ・ド・ルイ」の二軒隣の老舗和菓子屋「福桜堂」の工場長の娘、絢部さん。絢部さんは若い娘さんなのに浮ついてなくて、ちょっと中年女性っぽい落ち着きがあります。だから年上で感情をあまり出さない長峰さんとやり取り出来るんだろうなあ。

 不思議解明がメインになるような、所謂トリックのための小説ではなくて、登場人物の描写がリアルで深みのある物語です。安易なお話だと、人はお互いを分かり合うために(または作者の意図のために)喋り過ぎるきらいがあって、その会話によって誤解が解けたり恋が芽生えたりしがちでひねくれ者の私は「えー」と思うのですが、本作の登場人物は「他人同士は分かり合えない(こともある)」ということを認めており、それがリアルでした。一つの出来事が解決したからと云ってそれまでの確執はなかったことになる訳ではなくて、やっぱり何らかのわだかまりや感情のしこりは現実に残るもの。それをちゃんと描いており、全てをめでたしめでたしに収めないところが好感が持てました。感想として変ですかね? だってそう思ったしなー。

 にしても登場人物みんなお菓子の味に詳しいのな! すごくいい舌持ってんのな! 舞台が舞台なもんで、チョコだのケーキだの和菓子だのがバンバン出て来るんですが、それがもういちいち美味しそうで、なのにあまり菓子にこだわりのないわたしは出て来る用語(特に洋菓子)が分からんのなんの。フランボワーズって何ぞね。クーベルチュールは食べ物ですか技法ですか。チョコ食べて、それに花のフレーバーが入っているのを感じるとか未知すぎる。でもお菓子好きな人や、製菓に詳しい人なら堪らんだろうなあ。多分実際に作ろうと思ったら作れるリアリティがある内容だと思います。アマゾンのレビューで読んだんですが、著者には菓子業界で長く働いた経験があるのだとか。うん、納得。個人的には第一話「鏡の声」、第二話「七番目のフェーヴ」、第四話「約束」が良かったです。本書の前作に当たる「ラ・パティスリー」も機会があったら読んでみたいです。

 でもわたしは、著者の作品なら、あの奇想天外な生き物が登場する骨太SFの方が好きだなあ、と再確認いたしました。

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| 国内あ行(その他) | 22:58 | comments(0) | trackbacks(0) |
「薄情」絲山秋子
評価:
絲山 秋子
新潮社
コメント:地方民が総じて薄情かと云うとそうでもないが、薄情でないとは言えない。

●本日の読書
・「薄情」絲山秋子/新潮社

 好きだなあ、この感じ、好き。しかしわたしの中のその「好き」感情を、他人に分かるように説明することは絶対に出来ない確信がある。

 わたしは生まれも育ちも北陸で、実家を離れた大学時代も北陸住まいだったため、純粋培養の北陸女です。他の地域に長く住んだことがない。だから「地元にいる人」が「外から来た人」に向ける、悪気も差別意識もない、だけどどうしようもなく生じている消すことの出来ない落差の感情が良く分かります。それは劣等感でもあり区別でもあり、そしてどこかしら優越感が混じることもある、薄いのに決して消えない境界線です。北陸しか知らないわたしは、日本の中でも北陸人は地元意識がとても強いと思っているのだけど、群馬を舞台にした「薄情」に描かれる地元意識も北陸のものととても似ていて、でも関東に近い分少しだけ成分が違っていて、共感したいような染まりたくないような不思議な気持ちになりました。

 好きなところは物語の始まり辺りに割と集中していて、中でも一番好きな表現が以下。抜粋します。

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 こいついいサイコロだな、と宇田川は思った。きちんと1から6まで目が出るサイコロだ。
 なぜそんなことを考えたのかはわからないが、人間関係はかけ算だなあ、とつくづく感じていたのだった。つまらない奴とつき合えばつまらない勘定になるし、分不相応なつき合いをすれば払いきれない。

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 これは主人公の宇田川が高校の後輩である蜂須賀(女性)を評した言葉ですが、宇田川は定職に就かず親類の神社の手伝いと嬬恋でのキャベツ収穫を半年ターンでこなしている自分を、地元にも定着せず完全に出ていく訳でもない放浪の存在と認識しており、それ故に地域のイメージと結びついていない特色の薄い景色の「どこでもないような場所」に惹かれています。先のサイコロの喩えはこの後、宇田川が自分を「0と1しかないサイコロ」とし、誠実であるためには1の目を出すことだが、それを自分でコントロール出来ない、とする表現が続きます。わたしは自分をそのような目で見たことがないけれど、このサイコロと云う表現がものすごくしっくり分かるし、そう云う特定の出目しか持っていない人がいることも経験で知っています。こんな感じの「あああそれ」って文章とぶつかるので、小説読みは楽しいです。殊に絲山さんの小説はわたしにとってそれが多い。

 宇田川が好んで立ち寄る場所に通称「変人工房」と呼ばれる場所があります。木工作家の鹿谷さんが居るその場所はもとは木工所で、それを鹿谷さんが借りて作品制作のアトリエにしています。都内から移り住んでいる鹿谷さんの変人工房に出入りするのは、地元に強く根差している農家のおじさんだったり、少しだけ浮世離れしている図書館のおばさんだったり、美容師の関君だったり宇田川だったりと色々ですが、総じて世間から外れ気味で、また外れることを厭うていない人ばかり。そのコミュニティにふらっと立ち寄り、残りの半年は嬬恋で地獄のようなキャベツ収穫をするのが宇田川の一年の過ごし方です。

 鹿谷さんは都内出身なのですが、変人工房に集まる人は地元でも外れた人たちなので、前述の「外の人に対する線引き」には襲われていないように見えます。芸術家でもある彼を尊重し、憧れる気配が漂う描写は、ある種劣等感の表れに思われる、というのは地方民の卑屈さでしょうかね。物語は宇田川、蜂須賀、鹿谷さん、変人工房に集まる人々などを渡り歩いて予想外のところへ転がるのですが、群馬弁がふんだんに表れる物語を北陸のそれに置き換えて読み、嫌気が差すような、愛おしいような、哀れなような、同族嫌悪に似た不思議な感情を抱えておりました。思ったのと全然違う最後がまた、好きでした。何事も予定調和はしないのが、非常にリアルでした。

 

 そうそう、富山では県外からの移住者を「旅の人」って言うんですよ。何年住んでも家建ててもずっと「旅の人」。ひどいよね。

 

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| 国内あ行(絲山 秋子) | 00:35 | comments(0) | trackbacks(0) |
「私の恋人」上田岳弘

●本日の読書

・「私の恋人」上田岳弘/新潮社

 なんだろう、すごかった。人類を巡る壮大な物語でありつつも妄想っぽくもあるような、しかしながら人類の進化について示唆されている気もする文学作品。著者は本作で第二十八回三島賞を受賞しています。三島賞は外れがない文学賞としてわたしの中で定評がありますので、デビュー作の「太陽」から「すごい新人」と云うことで何かと名前を目にしていた著者の作品を受賞を機に手に取って読んだのですが、その魅力を説明するのが非常に困難です。んでも青木淳悟の作品よりはまだとっつき易いと思います(「四十日と四十夜のメルヘン」あれすごく分からなかったので、未だに劣等感)。

 主人公の井上由祐は三十五歳の独身男性ですが、彼は三度目の人生を歩んでおり、一度目の人生は天才的なクロマニヨン人としてシリアの洞窟の中で人類の遠い遠い未来を理論的に予測した長大な論文を顔料で壁に書き付けています。未だにその長文は人類に見付かることなく洞窟の中に残されているとのこと。そして二度目の人生はユダヤ人ハインリヒ・ケプラーとしてドイツに生まれ、ナチスの手により強制収容所で悲惨に餓死させられます。一度目の天才クロマニヨン人生の時に、彼は妄想の恋人について壁に書き付けているのですが、「私の恋人」と呼ばれるその女性は完璧な容姿と利発さを備え、十代は順風満帆に育ちますがその賢さから人権活動にのめりこんで活動のシンボルとして祭り上げられ過激な言動を行うようになり、その後に自らの行いが何にも影響を与えない虚しさに絶望して堕落します。そしてそこからまた賢い女として人生持ち上がっていくのですが、それは全てクロマニヨン人の妄想です。人類の行く末をほぼ正確に記述したクロマニヨン人の妄想にしか生きていない「私の恋人」。

 しかしその恋人の記述は二度目の人生ケプラーにも引き継がれており、彼は未だ見ぬ「私の恋人」の姿を追い求めて夢見がちな人生を送ります。強制収容所で看守に自分が人生を終えるであろう部屋に連れて行かれる間にも、恐怖に震えながらケプラーは、彼の人生で遂に出会えなかった「私の恋人」に語り掛けます。……さて、ここまでの設定記述でどれだけの人がこの本に興味を持って下さってるかがわたくし非常に気になるんですが、このぶっ飛んだ設定が三度目の人生を送っている井上由祐に語られると不思議に面白いし、最初うさん臭く読んでいたのがなんかありそうな気もしてくるから不思議です。

 井上由祐は過去の二人が死んだ三十四歳を超え、三十五歳を無事迎えることが出来ます。そしてそれと機を同じくして「私の恋人」の生き様に最も近いと思われる女性、オーストラリア人のキャロライン・ホプキンスと出会います。キャロライン・ホプキンスはクロマニヨン人が夢想したのとほぼ同じような非常に紆余曲折した人生を経て来ており、井上由祐はこの女性を「私の恋人」として離してはならない存在と感じます。ほら、段々面白くなってきたでしょ、読んでみたくなってきたでしょ。キャロライン・ホプキンスは井上と出会う前にある男性と寝食を共にして旅をしていたのですが、その旅の記述が本書の芯になる内容です。キャロライン・ホプキンスと共に行動していた(正確にはキャロライン・ホプキンスを連れて旅をした)日本人男性高橋陽平は「人類は今三周目に入っている」と言い、人類の一周目、二周目を巡る旅をしています。「は? 何それ?」と思いますよね、これが井上由祐の三度目の人生の話と合致しないまでもなんとなく触れ合っています。高橋が語る三周目の人類の話はなかなか興味深いものです。

 エンターテイメント小説ではないのでカタルシスのある話ではないですが、「こう云うの、ありなんだ」って意味で、うん、面白かった。

 

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| 国内あ行(その他) | 07:43 | comments(0) | trackbacks(0) |
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